小さなシミュレーション | 不完全な切り紙細工

不完全な切り紙細工

 誰も聴く人がいないのに歌いつづける歌がある
誰も見る人がいないのに踊りつづける踊り手がいる
誰も読む人がいないのに書きつづけられる言葉があって
不完全な切り紙細工を幾つも幾つもつなげていけば
そこに何かの絵が生まれるものと願う鋏がここにある


 何でも試してみないと
 結局はほんとうにわかったことにならない
 それは僕のモットーで
 
 実は考えるのが面倒だから
 すぐ動いてしまうということなのかもしれないし
 また逆に
 あれこれ考えて考え疲れて
 考えてたって無駄だよと
 思うようなときに
 「やってみなければ分かるもんか」が出てくるのかも

 どっちにしても
 僕は人間てやつは
 いや人間に限らない
 生き物はみな試してみなければ
 生き方が分からないものだと確信している
 というか
 試してみることが生きることなのだと

 試さずにああだこうだと口で言ってみたところで
 試したことにならないから
 生きたことにもならない
 そんなふうに考える

 だいたい
 分かっちゃいるけど分かったとおりに行かないのが人生さ


 でも実際に試すということは
 そんなに簡単なことではなくて
 例えば
 死んでみなければ死ぬことは理解できない
 なんて言い始めれば
 実際に死ぬほかはなく
 それでいて
 実際に死んでみたら
 そこには何もなくて
 死を理解することはおろか
 理解するべき死そのものだって
 死んでしまえば体験できないわけで
 死は見つからない

 「死の体験」とかいうタイトルの物語は
 死に切れず戻って来るから
 書くこともできるので
 そうして体験したともわかるのだし
 でもそうならばそいつはまだ生きているわけで
 だから
 そいつはほんとうには死を体験していないことになる

 昔っから
 随分小さなときから
 僕はいつも復活したキリストに聞いてみたくてしょうがなかった
 「ねぇ イエスさま
  死んでたときのご気分はいかがでしたか」と

 「いや 実は死んだわけではなくてね」
 そうキリストが応えたら僕には言う言葉があった
 「じゃあ 復活したっていうのは嘘ですね」
 「おや なぜかね」
 「だって死んでなかったのなら『復活』できないですものね」

 「うむ 確かにそれは理屈だな
  それに私が苦痛に喘ぎ死んだのでなければ
  私は人々の原罪を贖罪するために
  生まれたことにもならないわけだ
  死なないとわかっていたのなら
  そいつは詐欺だ」
 「そうですよね
  あなたが死んで蘇り
  それからあっと言う間にあなたは昇天してしまったから
  あなたに死んだ気分を聞くことができた人は
  そんなにいない
  だから一度聞いてみたかったんだ」

 「私も一度聞かれてみたかったな
  聞かれたら言いたかった
  私が『死』というものをどうとらえたか
  いや哲学的にではない
  あの十字架の上で
  手足に釘打たれ
  脇腹を槍で刺し貫かれた
  あのときに
  私が感じとった死というものについて」

 そこまで聞いて僕は
 生唾をごくりと吞み込んで尋ねる
 「どんなものだったのですか
  あなたの
  あの凄惨な死は」
 「それは
  私が『エリ・エリ・レマ・サバクタニ』と言って事切れたように
  父なる神も私を遂に見捨てたと思えるほどに
  途方も無い苦痛だったのだ
  だが苦痛だったのは
  まだ私が生きていたからだ
  とうとう本当に死んだときには」
 「死んだときには」と
 僕は身を乗り出して
 キリストの顔を覗き込んで聞く

 「いや 実はわからんかったんや」
 と気さくそうな笑いを浮かべてキリストが言う
 「死んでしまったから
  なんもわからへんかったんや」
 「そうなんですか
  それは残念だ
  死んで蘇った人は数少ない
  その数少ない体験者のあなたからなら
  死がどういう感じか聞けると期待してたのに」
 「うむ それは申し訳ないことをしたが
  私が蘇らせたラザロに聞いてみても
  同じことを言ったろう
  神の子であろうと人の子であろうと
  人として死ぬというのはそういうことだ
  死んだらしいが
  そのうち蘇れるさ
  ああもうすぐだ
  力が戻って来る
  なんて感じたり思ったりしていたのなら
  感じたり思ったりするのは生きているからで
  ならば
  死んだことにはならないからね
  贖罪にもなりはしない」

 僕はここまで来て
 この話題が結局は永遠に答えられない問いなのだと気づいて
 少し方向転換して聞いてみる
 「では これはどうですか
  蘇ったときの感じは」
 「ああ それなら明瞭だ
  良く眠った朝に目が覚めたようなものだったな
  気分は爽快
  傷跡も癒えてはいないが
  もう十分失血していて血も出なかったし
  痛みもなかった」

 「すばらしいですね
  そうなのか
  で
  そうだとすると
  あなたはほんの今まで死んでいたという感じがあったのでしょうか」
 「そりゃ
  あるはずがなかろうよ
  だって目覚めたときには元気百倍
  生き生きしとったわけで」
 「じゃあ復活したって感覚もない」
 「ないね
  なぜって死んだ感覚がないわけだから
  復活した感覚もあるはずがないからね」

 「うむ なんだかどうにもならない話をしているような
  気がしてきました
  死んだ感覚も復活した感覚もない
  ただ一晩寝たという感じだったのなら
  死はなかったんだ」
 「そうだな そう言うこともできる
  私自身からすれば死はなかったのだ
  それは復活したからというわけでもない
  誰にとっても
  体験できる死なんてものはない

  だが 私は死んだ」

 「どうしてそう言えるのですか」と僕は食い下がる
 「なぜかって
  知っているだろう
  私の母マリアは私の死に直面し自らが死ぬ以上の
  苦しみと悲しみに打ち拉がれた
  マグダラもそうだった
  弟子たちは号泣するものもあれば
  私の死によって道を見失い私を見捨てたことで
  やがて死ぬほどに苦しんだものもある
 
  私にとって私の死は体験できぬものだったが
  私の仲間
  私を愛した者たちにしてみれば
  日が没するよりも確かな
  否定しようのない事実だったし
  それによって
  皆が私の死を体験した」
 「あなたの死を皆が体験した?」
 「そうとも
  そうして私の死を体験している者たちの
  苦しみと悲しみを
  私も死ぬほどに痛いと感じたのだった

  想像できるだろう
  君が死のうとするとき
  枕元で泣く者がいたら
  君は『もっと泣いてくれ』と言うか
  そうではなく
  『泣かないでくれ』と言うだろう
  君は死んでしまうのだから
  その後のことなんか関係ないのに
  それなのに『泣くな』と言う

  それは君自身の死よりももっと辛いことだから
  その辛さを耐えている者を見るのが
  そしてどうにも対策がないことが
  とてつもなく辛いからではないのか

  私の死は言わば
  人々の死の明確なシミュレーションだったのだ
  それによって人々は死を体験し
  それから私が三日目に蘇ったとき復活を体験した
  そうすることで皆も蘇ったのだ
  つまり
  それもまたもう一つのシミュレーションだったのさ」

 「もうひとつの?」
 「そう
  皆が私の死を体験し私が蘇ると皆が蘇って
  そこに居た
  それこそが天国というものさ
  つまり天国のシミュレーション」

 「でもあなたは『神の国はこの世のものではない』と
  言いましたよね」
 「確かに
  しかし
  あの世のものだと言った覚えもないぞ
  どこかにそういう場所があるという考え方を捨てなさい
  皆がお互いに
  お互いの死を体験し苦しみ悲しみ
  そしてそれを乗り越えると
  そこにあるのが天国だということさ」