晩秋晩祷 | 不完全な切り紙細工

不完全な切り紙細工

 誰も聴く人がいないのに歌いつづける歌がある
誰も見る人がいないのに踊りつづける踊り手がいる
誰も読む人がいないのに書きつづけられる言葉があって
不完全な切り紙細工を幾つも幾つもつなげていけば
そこに何かの絵が生まれるものと願う鋏がここにある


 十一月の夕べに
 少し疲れて道を歩く
 とてつもなく嫌なことがあったわけではない
 いやむしろ
 よく頑張った一日だと思う

 そのせいか
 少し火照った顔に冷たい空気が快い

 人は誰だって
 幸せになる資格があるけれど
 でも
 いつも年がら年中
 幸せなんかではいられない
 いやもしかすると
 「つ・ら・い」と思うことが
 「し・あ・わ・せ」な時よりずっと多いのだろう
 苦しむために生まれたのだとは言わないけれど
 でも苦はどこにでもある
 だから
 たぶん
 どんなに幸せな人の人生も全体としては
 少しだけ不幸せのほうに傾いている

 でもそれはきっと
 もうすぐやってくる冬の空気にどこか似ていて
 「のんびりするなよ
  甘えるな
  眠りこけてはいけないぞ」
 そう言って僕たちに
 しっかりと立ち
 握りこぶしを忘れない生き方を
 教えてくれているのだと
 考えられなくもない

 たぶん人の人生は
 幸せと不幸せが競り合っている切っ先の上で
 揺れ続けているものなのだろう
 だとしたら
 人生は
 どっちへも簡単に切り替わる
 とっても身軽なシーソーで

 不幸せは
 幸せの頭にちょこんと載ったものだと
 そう思っていれば
 不幸せの帽子をとれば
 幸せが微笑んで挨拶する
 逆に
 不幸せの頭の上に
 ちょっとだけの幸せが載っているのだとしても
 人はその小さな帽子ひとつで
 少しぐらいは幸せになる

 冷たい北風に震えながら
 かじかんだ手に
 誰かが
 温かい息吹きかけてくれるようなもの
 全体としては
 「ふ・し・あ・わ・せ」かもしれないけれど
 息吹きかけて少し温まった幸せは
 「フッ・し・あ・わ・せ」
 とでも言えるだろうか