水底の夜のように | 不完全な切り紙細工

不完全な切り紙細工

 誰も聴く人がいないのに歌いつづける歌がある
誰も見る人がいないのに踊りつづける踊り手がいる
誰も読む人がいないのに書きつづけられる言葉があって
不完全な切り紙細工を幾つも幾つもつなげていけば
そこに何かの絵が生まれるものと願う鋏がここにある


 傍で踊っていたダフネが離れてしまったのか
 僕の意識を
 生じさせるものが何もなくなって
 僕は自分がどこに居るのか分からなくなる

 いつも確かだと思っていたものは何処に?

 海で泳ぐとき僕はいつも不思議な感覚にとらわれる
 淡水のプールでは決して感じないこと
 水がからみつく感覚
 濃い塩分のせいなのか
 さまざまに浮遊する有機物のせいなのか
 身体を外側から包み込んでくる
 その分
 僕は自分の身体の中の感覚が薄まっていく

 ここは海?
 そう思いたくなったのは
 闇の密度
 そして闇から僕に接触してくる何か
 それだけに意識が集中する
 僕自身にではなく

 光の届かぬ水底には
 「夜」は無いに違いない
 光の昼もないからだ

 そういう
 何の意味があるかわからない
 奇妙な思考だけがあって

 あって?
 どこに?

 その時
 何かが僕の足に触った
 驚いたけれど
 僕は足を引っ込めなかった
 どちらに僕の「本体」があるのかわからないのだから
 「引っ込める」のも「突き出す」のも在りはしないから
 いや
 それだけじゃない
 僕は僕の身体に気づかせてくれるものなら
 何でも
 貪欲に手に入れたかった

 その柔らかさから
 僕は触ったのが人だと思う
 「誰?」
 暗闇のどこかで僕がそう聞くと
 同じ言葉が谺して戻ってくる
 「誰?」
 でもその声は
 「ダフネ?」
 そう聞くとまた同じ声が
 「ダフネ?」と谺する

 ダフネ?
 K?
 何?
 どうして?

 アン・ドゥ・トゥロワ
 高く!
 息を

 K
 ダフネ
 ami
 amike

 何処へ
 誰?


 ダフネの花のような匂いが鼻をかすめて闇の中に膨らむ
 
 え?
 これはダフネの唇?

 それは実に奇妙な感覚だった
 ダフネが僕の中で踊りながら
 僕の中からキスしてくる

 届かない想いのように
 もどかしげな唇