時代 | 不完全な切り紙細工

不完全な切り紙細工

 誰も聴く人がいないのに歌いつづける歌がある
誰も見る人がいないのに踊りつづける踊り手がいる
誰も読む人がいないのに書きつづけられる言葉があって
不完全な切り紙細工を幾つも幾つもつなげていけば
そこに何かの絵が生まれるものと願う鋏がここにある


 雨が強くなってきた

 僕はやっぱり何につけても悲観的なのだと思う
 少なくともいろんな物事が
 過ぎ去って行くという感覚が染み付いている
 それは雨みたいなものだ
 気温のせいか湿度のせいなのか
 空気の中の水分がどこかで凝集して雨粒になり
 はるか空の上から落ちて来る
 車の窓ガラスを
 橋の欄干を
 石畳を
 色とりどりの看板を
 それから僕たちの顔
 歩く人たちの靴を濡らしては
 やがて道を流れて
 土に吸い込まれたり乾いたりして消えて行く
 雨に目的なんかない
 人生も同じだ
 ただ生まれ進んでは消える
 それ以外に何がある?

 もしかしてそれは悟りめいた無常観
 いや「観」ではない
 ただの悲観的な「感」に過ぎないさ
 それを後生大事に人生の大事みたいに考えているけれど
 結局は意味も無く空しい感覚を
 意味有りげにしたいだけじゃないのか

 あの曲
 とても単純なのに柔らかで甘く
 しかも短い
 バロック?
 さあどうだろう
 バロックは
 「移ろい行く相のもとに」をすべての考え方の底に置いた時代だった
 移ろい行くゆえに短い瞬間をすべてととらえ
 一日一日の生命をその日のうちに収穫することを願った
 それだけではない
 それほどに哀しい刹那は美しくなければならず
 美しく着飾らせようとする余り
 過剰で入り組んだ装飾がどこにも溢れ返った
 A Toyeがそんな時代の曲だなんて信じられない

 今の時代
 同じじゃないだろうか
 価値観が不安定にくるくると変化し
 安定した一日なんてどこにもない
 僕がそう感じるのは部分的には僕が少し早めに両親を失くしたせいかもしれない
 けれど僕はそれを嘆いたりしない
 それは事実であり
 ありふれた当たり前の真実だ
 だから僕がバロックの時代精神を持つようになったとしても
 自分の周辺の出来事ゆえにではないと思う

 僕がいろんな国を通り過ぎてきたことも
 僕の「バロック」の原因の一つかもしれないが
 日本の今だってもの凄くバロック的だと思うのだ
 経済大国日本はいまや世界のなかで没落し始め
 「想定外の」地震と津波が想定なんかではない結果をもたらした
 陸上にあったもの
 磯に在ったはずの物たちが太平洋を流れ流れて
 西海岸に辿り着いたのだって
 何か象徴的だと思わないだろうか
 流れ出し始めた日本の
 流れ着く先はどこだろう

 僕にはわからない

 バロックに先立つルネッサンスは
 歪んだ宗教支配のおかげですっかり暗くなった中世からの
 人間性の復活だという
 でも「復活」という概念は十字架で死んだ基督の
 三日のうちに蘇った神話を踏襲しているだけじゃないか
 神の子ではない
 ふつうの人間の
 信仰心とかなんて何処かに置き忘れたかった
 ただの人間の性(さが)を永遠に?

 それを「永遠の相のもとに」と
 あの時代の人たちが言ったのは
 何という皮肉だろう
 人間は永遠とはほど遠い生き物で
 「永遠」は中世に巣食った神の残照に過ぎないのに
 それを有限の人間に当てはめようとした
 「人間性」は永遠だと

 文明が科学技術の進歩に突き動かされ
 人間は世界を支配する能力を持った者だという幻想を
 僕たちの脳の中にまき散らした
 確かにいろいろなことが分かり
 中世の人たちよりは僕たちは多くのことを知ったけれど
 根本的なことは何も分かっていない
 人間が自然を支配できるという幻想も
 毎日のように崩れて行く

 
 つまり話はこうだ
 押さえつけられた人々は自由になりたくて永遠を謳い
 それから永遠が余りにも遠いという事実に気づいては
 打ち拉がれる
 刹那を着飾らせて楽しんで
 挫折した永遠を忘れようとする

 でもそれは忘れることなんかできないほど
 明瞭な事実
 そこにもここにもあそこにも
 今も昨日もずっとだ
 そして明日もまた例外なく
 目を閉じて見れば見えてくる

 それはいずれ乾く雨のように
 人の棲む街を濡らしては消え
 そしてまた降ってくる
 果てしない繰り返し

 僕の大好きなサグラダ・ファミリアみたいに
 細かく不思議な形を蟻塚のように天目指して積みあげる
 その蟻塚の土壁に
 何と言うことだろう
 美しい端正な顔をしたイエスとマリアとヨセフが
 埋もれるように立ち尽くしている
 絶望的な信仰ほど尊いものはないとでも言いたげに

 彫り込まれた尖塔がある日突然
 退廃したローマ法王庁みたいに
 がらがらとくずおれる
 それこそが今という時代かもしれないのに


 尚も僕たちは明日が今日より先に
 前に
 進むものだと信じ

 濡れそぼった街は
 僕たちが着く頃そこに在るだろうか

 雨の中の街が次の瞬間に消えてなくなったら
 僕はどうすればいい
 どこへ向かって行けばいい
 いや次の瞬間ではなく
 まだ十分いや一時間
 あるいは一日一年
 まだ余裕があるとしたら
 崩壊し続ける塔の中にまだ僕たちは
 住み続けるべきなのだろうか


 道が消え
 橋が崩れ
 家々が見ている目の前で消える
 尖塔の素材は分解し
 どの一粒の上にも乗るものは一粒もなく

 そんな幻想に僕は束の間とらわれ
 それから「嫌だ」と思った
 このまま移ろい行くのは


 There's a fire starting in my heart.
 と歌い出す
 AdeleのRolling in The Deepが頭の中で鳴り出した
 もう少しですべてを手に入れられたのに
 We could have had it all.
 そんなことを言いたくはない

 ガラス窓を
 雨粒が転がり落ちる
 何だかとてつもなく重要なことみたいに

 雨の一雫が「すべて」になるようなことだってある
 Rain drops are gonna fall, rolling in the deepとでも言い換えようか

 何かして
 何かして
 この流れを止めなくては
 できることが何かはわかならない
 でも
 できる限りのことをして

 It all.
 これは僕の人生だ