夢の階・夢の舟 | 不完全な切り紙細工

不完全な切り紙細工

 誰も聴く人がいないのに歌いつづける歌がある
誰も見る人がいないのに踊りつづける踊り手がいる
誰も読む人がいないのに書きつづけられる言葉があって
不完全な切り紙細工を幾つも幾つもつなげていけば
そこに何かの絵が生まれるものと願う鋏がここにある


 久しぶりに夢を見た
 毎日が慌しく過ぎていくために
 夢を見る余裕さえなかった
 いや毎晩夢は見ていたのかもしれない
 ただ朝にはその夢を覚えていないだけで

 夢を見た後でやってくる現実感のおかげで
 夢の世界は粉々になる前に
 僕の意識から何処かにこぼれて落ちて行ったのだ

 でも今夜のこの夢は
 夢を見た後で思い出しているのではない
 ずっと僕は夢の中で夢見ていることを知りながら
 なお夢の外には出られなかった

 不思議な階(きざはし)を僕は昇っている
 一段一段がバラバラで
 まるで砂地に挿した柔軟なピアノ線一本いっぽんが
 階段で
 昇ろうとする度にそれは揺れたり
 伸びたり縮んだりするので
 僕は階段に突き刺されそうになる
 だいぶ前を行くダフネはそんなことを気にもせず
 ぴょんぴょんと
 ピアノ線のテッペンをとび跳ねていく
 Mはと言えば
 賢明にも
 一番地面に近いところから一番長く伸びるピアノ線にしがみ付き
 そいつが一番伸びきる直前に
 今度は地表から何メートルも上の宙から更に上に伸びていく線に飛び移る
 ダフネのように小さなテッペンをとび跳ねる危険は犯さずに
 長い長いピアノ線に抱きついては
 いとも容易く何段も上へと移動する

 いやそもそもこの階は順番に昇っていくなんてできない
 階段なんかじゃ全くないシロモノで
 それなのに

 Mが遥かに高い段の上から僕を呼ぶと
 なぜだか僕は舟に乗って海の上にいる
 その舟ときたら
 小さなバラバラの板の寄せ集めで
 しかも悪いことに皆全部つながっていない
 ただ僕が勝手に「舟」だと思う間だけ
 そいつは舟になり
 僕がちょっとでも「舟」を忘れると
 それはまるでぶちまけられたジグソーみたいに分離して
 舟の上にまっすぐ立っていた僕は
 そのまま海の奈落に落ちていく
 Mはなぜだか裸で船底に色っぽく横たわる
 立ってはいないので
 Mのしなやかな身体が継ぎの役割をして
 舟は舟の形を保ち
 Mは微笑みながら微睡んでいる
 でも僕はその舟にはもういない
 ダフネはまたしても
 牛若丸みたいにひょいひょいと
 バラけた板の上を次から次へと八艘飛びして
 乗り移った黒い鯨の背の上から
 楽しそうに僕に手を振っている

 僕はこの夢の中でちっとも恐怖を感じなかったが
 始終どうしようもなくあたふたし
 砂に呑まれるような錯覚に落ち続け
 一人になって
 大声上げて泣く

 それなのに僕は考える
 これは夢
 夢だからいつまでもずっと夢で
 このままそのままであってほしいと

 見終わることのない夢は
 いったい誰が夢だと気づくだろう