つまり僕の推測はこうだった
ダフネはそういう特殊な子どもだったけれど
そしてその子たちは言葉がうまく使えない場合が多く
だからと言って記憶力がないとか
知恵遅れというのではない
日本人の子なら一応日本語は通じるが
ただその『通じる』が問題だった
意味がすれ違ってしまうことが多くて
ふつうの意味では意思の疎通が難しい
だから何だかトンチンカンなことが起きるのだ
そして
ダフネの場合にはそれにもう一つの問題が重なっている
僕はダフネの国の言葉がわからない
ダフネは日本語も英語も片言しか知らないようで
だから僕たちとダフネは
二重の意味で言葉が通じないことになる
それでも僕たちはジェスチャーや
そのときの状況を強調しながら
ダフネとなんとかやってきた
僕がダフネの国の言葉を学べばいいのかもしれなかったが
英語やラテン系の言葉とも違うし
文字さえも異なっていたから
それを学ぶのはほとんど絶望的に思えてしまう
でも一緒にいる時間が長くなればなるほど
ダフネが片言で話す言葉から
ダフネはラテン系の言葉を少し知っているのではないかと
思うようになったのだ
ラテン系の言葉はもともとはラテン語という
古い共通の先祖から枝分かれしてきたので
共通の語彙がある
僕やあのひとがダフネの言っている言葉を
何となく理解してきたのはそういうことがあったからだった
でもほんとうにわずかしか語らないダフネの
数えるほどしかない語彙から
ダフネの知っている言語を知ることは難しい
でもMがやってきてからダフネは
いくつも新しい単語を口にした
発音はときに不明瞭だったので
子音や語尾がよく聞こえないことも多かった
それにダフネの声は
ときどきかすれてハスキーになり
そうなるともう僕たちにできることは
大づかみの直観に頼るしかなく
そしてまたダフネがごく普通に僕たちと
会話することができるようになると
この不思議な女の子の
この子らしさが失われてしまうような気がしてもいた
でも口にしたのがほとんど名詞
(それはたぶんダフネの根本的な問題から来ていることだと思う)
その名詞が女性名詞でもaで終わるわけでなく
聴くことのできた単語がすべてoで終わっているとしたら
それはラテン系の言葉のようで
そうではないと思われ
候補は絞られてくる
それから
ダフネは名詞だけしか口にしていないように思えたものの
ときどき何だかその場の意味の上では
動詞めいて使っている単語があるような気もする
そうなる理由はおそらく(相当飛躍した推測なのだけれど)
名詞も動詞も非常によく似た音で
つまり同じ語根を持っていて語尾だけが少し違う
そんな言語を小さいときから聞いて育てば
そしてまだダフネは年齢より遥かに幼い部分があるために
名詞と動詞を区別できない
いや区別するべきだとは知らないのかもしれない
それが
次第に僕の頭の中で形をとり始めていた
「ダフネの言語」の姿だった
多分それを確かめる方法はそれほど難しくなく
いやほとんど簡単すぎるほどだと思えるのだが
それを確かめる勇気が僕にはなかったのだ
むろんダフネの根本的な問題は残るだろうが
それでもその根本的な問題に手を着けるうえでも
ダフネが母国語以外で少しでも知っている言語が判明すれば
僕たちの間の会話は格段に通じやすくなるはずだった
でもダフネ2のようにダフネが話し始めたら
僕たちの関係はきっとまた違った意味で難しくなってしまう
その怖れゆえ僕はダフネの言語を確かめるのを怠っていた
けれど一緒にいれば生活の端々で
言葉が通じないことの歯痒さを感じずにはいられなかった
歯痒さだけでなく
例えばダフネの健康がどこか目に見えないところで損なわれたとき
ダフネにどこがどのように痛いのか苦しいのかを
聞くことができない
行きがかりから
そして少しは僕のダフネへの身勝手な想いから
ダフネと一緒に暮らすと決めたのだとしても
通じないままにしておくことは無責任なことだと
僕はだんだん考えもし感じもするようになり
そんなことをMに話すかどうかさえ迷っている僕の
目の前でダフネはユニィオとじゃれ合っていた
ユニィオはまだ仔犬のせいもあるのか
モーゼとは違って気ままなところのある犬だった
ダフネと遊んでいたかと思うと植え込みの中に入り込んで
ダフネがいくら「ユニィオ」を連呼しても
長い間出てこない
ユニィオを一時も離したくないダフネにしてみると
それは生まれて初めての
片思いのような感情を
ほんの時々ではあったものの
ダフネにもたらす相手のようだった
そういうときダフネはひどく悲しそうな顔になる
それを見ていると胸が痛くなる
でもそれも
生きていくということの避けることのできない側面で
辛いことだけれど
それがダフネを少しずつ大人にすることに
なるのかもしれないとも思う
いや僕はそう思おうとした
6月
すでに梅雨入りが宣言されて雨が降ったり止んだりする日が続く
5月よりは遥かに暖かく
吹いてくる風の湿度も上がった
草木は生き生きと伸び始め
海沿いの崖の上の周辺ですら緑がどんどんと膨らんでくる
芝に転がっただけでも
ユニィオの白い毛は泥で薄黒くなり
ダフネの白いワンピースも泥がこびりつく
「ダフネに洗濯機の使い方教えないといけないわね」と
母親然として腕を組んだMが言う
ダフネはユニィオが相手だと自分も犬のようになる
鼻の頭や口元
桜色の頬にも泥と千切れた芝生がくっついていた
今日はやっと回復したせいもあるだろうが
ユニィオと遊んでいるダフネは一度も
バレの仕草を見せず
ひたすら四つん這いになって走り回っている
このことが
ユニィオがもたらした
もう一つの
そしておそらく最大の問題になるかもしれないと
僕は思う
他の問題はほとんど昼過ぎまでには過去のものになったが
これだけはこれからの問題だった
ダフネが庭の隅の蛇口のところに飛んで行った
蛇口をひねるとホースが蛇のように暴れだし
やがて水が勢いよく飛び出してきた
ダフネは大急ぎでホースの口をつかむと
芝生を嗅ぎ回っているユニィオ目がけて
霧状の大放水
雲が切れて空が明るくなり
カッと日差しが熱くなった
ユニィオは自分目がけて降ってくる大雨にはしゃいで
右へ左へ走り出す
ダフネが甲高い声を上げて笑い
シャワーでユニィオを追いかけ回す
ユニィオが窮余の一策でダフネの足元に跳びついてくる
ユニィオに霧を投げかけられなくなった
ダフネはホースをMに手渡して
水道水で霧を作れというようなジェスチャーをする
Mが空目がけて水を広げると
ダフネはユニィオと一緒になって
その中を走り回る
ダフネは水が好きだから
笑う声は次第に高ぶってきて動物の叫び声のようになる
水浸しになった芝生の上で駆け回っていたユニィオが
突然立ち止まると
追いかけてきたダフネはユニィオを蹴飛ばしそうになり
辛うじて横にそれたもののバランスを失って倒れ
泥だらけになった
ダフネは迷うことなく服を脱ぎ捨てて
裸になって走り出す
小さな真っ白な尻と若い胸をピョコピョコと揺らしながら
もうほとんど
ユニィオと区別できないほどに興奮していた
ときどき膝をついて座り込んでは
泥だらけのユニィオを裸の胸に抱き上げる
多分そのユニィオのおかげであんなにひどい目にあったのに
Mが「もう」と困ったような呆れたような声を上げる
それを見ていて僕は息が苦しくなって
肺の辺りがカッと熱く締め付けられる
ダフネを
言葉を忘れた仔犬にしないために
僕にできることは何だろう
少しはわかっているのだけれど
そして
しなければいけないことなのだと思いながら
Mが作った人工の虹の弧の中で
僕は息がつまって動けずにいた