風薫ると言うけれど
この庭に吹いてくる風にはいろいろな匂いが混じっている
磯の匂い
それから磯の匂いから何かを引き算したようなのは
海の水や波の匂いだろうか
磯は生き物たちの匂いが加わる
かと思うと春先には
乾いた草の匂いがした
今は吸い葛の匂いがときどき
湧き上がるように風に混じる
顔に吹きつける風の密度が高くて
木の緑さかんな葉が風に揺れるのを見ていると
そこから家の屋根の上へと
風がぐいと立ち上がっていくような気がする
そういう風には
あるはずのない色が見えることがある
水晶に混じった他の物質の色のように
風の中に風でないものがあって発色しているような
そういう風の色は薄い水色
水色自体も透明色で
色づく風の向こうにあるものは
この季節が僕たちに届ける
感情と感覚とが相半ばするもの
今日は頬が熱い
気温が高いのだろう
空気が燃え上がるような感じがして
何もかもが浮き上がる
いつもの姿の見えない鳥の声も
しきりに誰かを呼んでいる
こんなとき僕は街にいるのが嫌になる
いや街だけでなく
自分の住み慣れた場所すべてから離れて
風の切っ先に乗って
移動し続けたくなる
複葉だった頃の飛行機のパイロットたちは
風の中を行く感覚に酔ったことだろう
今はみな風防ガラスの中に閉じ込められて飛び
風は音として聞くだけだ
翼に当たる風にも色があっただろうか
昼間の空の風は銀色で
夕暮れに
落ちる陽に向かって飛べば風は金色に輝いて
いたのだったのかもしれないが
飛翔する鳥の快感を我が物にしたいと
空を飛ぶことを願った人間たちは感じたのだろうか
それとも
ただ高く
素早く遠くへ行くことだけを願ったのだろうか
風に色を感じる季節
なぜ人には翼がないのだろうかと
思いながら僕は空を海を見
山入端を見る
死んで転生することがあるのなら
どうか
鳥に
それも営巣することのない
飛びつづける鳥に生まれたい
君たちも皆
鳥になればよい
空のように自由な一生を
ともに飛びつづけられるように
そうして僕はあの鳥のように
高く鋭い声で君たちを呼び
翼にありったけの力をこめる