ちょっと僕の方の都合で
今日はダフネをバレに連れて行くのは午後からだ
校長の言っていたように
あまりきっちりと時間に従わない方がいいのかもと思い
一時間か二時間の範囲で
送り迎えの時間を変えているということもある
それももうここしばらく続けてきて
ダフネが色々な物事に
少しだけではあるけれど「余裕」を持つようになってきていたので
もう神経質にならなくてもいいのかもしれない
もう一つ僕は難題を抱えてもいたし
それ以外にやることもある
食事が終わった後
僕は一階のテーブルの上でコンピュータを開いている
自分のやるべきことに集中しているのだが
ときどきダフネの方を見てしまう
ダフネが新聞を「読んで」いたからだ
いや字が読めるとは思えないが
バレの学校では子どもたちが踊る合間には
「普通」の勉強も教えているそうだから
もしかすると
と思わないでもなかったが
漢字と仮名の混じった新聞を読み
日本語の意味を理解できるなら
これまでのダフネはいなかったろう
ではなぜ?
写真やイラストを見ているのだろうか
まるで通勤客がホームか車内でするように
新聞を両腕で持って読んでいる
ダフネの顔は新聞紙に隠れて見えなかった
そのうち飽きたのか
新聞を開いたままテーブルに置き
スケッチブックを取りに行く
テーブルに戻るとスケッチブックを開いて
そうだ 正確な写真のような絵が幾つか描かれている
それからテーブルの上にあった僕のボール・ペンを
猫がネズミでも取るように
さっと掠め取りスタンバイ
なぜ色鉛筆ではないのだろうと僕が思っていると
ダフネは字を書き始めた
横書きだが右から左へだ
しかも漢字
いや漢字というのは正しくはない
お習字の先生が見たら卒倒しそうな書き順だ
実は僕も書き順がたぶんメチャクチャだ
書き順を習うべき時に日本にいなかったし
両親とも日本の文字をきちんと教えるのを怠った
でもダフネのは僕よりももっと悪い
書き順と言うのもおかしいかもしれない
三画あるいは数画のところが一筆書きで
まるで古いX・Yプロッターが字を書いているようだ
瞬く間に数文字の漢字が画用紙の上に並んだ
それぞれは一応日本で使われる漢字になっている
しかし数文字の羅列であって熟語にもなっていない
ダフネは新聞の文字を写し取っていた
しかも縦書きの新聞の文字の
各行の一番上の文字を右から左へとだ
だからダフネは文字を読んでいるのではないだろう
読んで意味を理解するならあの順序で文字は拾わない
ただの複雑な図形を写しているだけだ
ただ僕はそういうダフネを見ていて
また遠い昔の自分を思い出す
小学校の何年生だったか先生に
黒板に書いた文字の書き順の誤りを訂正されて
なんだかとてもショックだったのだが
そのせいか家に帰ると父の持っていた本から
ギリシャ文字を探し出し
それとアルファベットの大ざっぱな音の対応関係を調べて
アルファベットに無理矢理当てはめて
ローマ字標記で文を書いてみた
しかもそれだけでは十分でなかったのか
左右をひっくり返して鏡像にして書く練習をし
かなりのスピードで書けるようになり
それで授業のノートをとったのだ
仲間たちが面白がって笑うので
先生がある日それを見つけて
感心してくれるかと思ったのに妙に怖い顔で
「遊んでてはいけない」とノートは没収
結局あのノートは僕の所には戻らなかった
でも今でもときどき
退屈したり酒に酔ったりすると
その鏡文字が戻ってくる
ダフネは画用紙の端近くまでくると
改行して次の行に(いや行ではないのだが)に移る
こうやって字を覚えれば
もしかしたらダフネは日本語を覚えられるだろうかと
僕は考える
でも人工知能なんかの世界で有名な話
猿にキーボードを当てがっておき
勝手に文字を打たせたとして
それが聖書の一ページ
あるいは一行
あるいは一語になる確率はどれだけかという話を思い出して
絶望的にゼロの並んだ小数点を思い浮かべる
でもこの正確さで書けるなら
いずれそのうち漢字を教えよう
それからしばらく僕は自動機械のダフネをほっておいて
自分の仕事に専念する
一段落したのでどこまで正確に写しているのだろうと
ダフネの後側に回って見た
横書き三行目までは実に正確だ
新聞の個々の記事を超えて右から左へと
文字が複写されている
それを読んでいると
僕がときどきお遊びでやるアナグラム類を思い出す
縦読みと横読み両方で意味が通じるようにするのは
けっこう楽しい遊びだと思っている
ダフネのやっていることはそれに似ているが
ダフネはおそらく意味も読みもわからずにいるだろう
四行目も三行目までと同じように
きちんとそろった大きさの文字が並んで
いや違う
これは文字ではない
全く見たこともない
それは文字の偏と旁で左右に分けただけでなく
上下にも分割された文字の部分
それも表意文字らしい意味による分割ではなく
幾何学的な連続性みたいなものによって
部分を切り分けた文字の部分が
巧みに組み合わされている
文字とは違う「何か」だった
遊んでいるのだろうか
僕がギリシャ文字でやったように
その漢字の部分部分では左右が逆転しているのもあったが
とにかく逆転しているのもしていないのも
とにかくありったけの組み合わせで合成したように
それが
ほぼ正方形に収まるように描かれていた
漢字というよりはアステカだったかの文字に似て
幾何学模様として見ても良さそうだった
確かに漢字だけでなく仮名もそうだが
欧米人に日本語の文字を教えると
左右が逆になったりするのをよく見る
でもそれはごく一部がそうなるだけだが
ダフネのは組織的に裏返したように
多くの部分で左右逆転している
もちろん逆転だけでなく元のままの部分もある
それを見ていて僕はずっと気になっていたことを思い出し
最近は棚にしまわれたままになっているジグソーの中から
満開の桜のジグソーを出してくる
自分で一枚一枚の模様を眺め直してみたくなったからだった
ダフネを呼んでも文字もどきに専念しているだろうから
ほっておいて
それを見直してみようと思ったのは
ダフネがあの奇妙な蟻塚と螺旋を描いたパズルで
しかも何度か同じように
並べていたのだが
どういう基準で並べていたのか分からなくて
僕はそういうことが気になって仕方がなかった
最初は桜の花びらの桜色の部分が
ピースの面積でどの位の割合になっているか
つまり桜色度みたいな基準かもしれないと思ったが
違っていた
気になった僕は三回目にダフネがパズルを並べたときに
いつも同じように組み合わされるのか知りたくなって
とうとうダフネが積み上げた位置を写真にとり
アルファベットの大文字小文字でその位置に印を付け
それから例えば t の 下から何番目かで番号を振り
t1 t2 t3 というように
ピースの裏に鉛筆で書いておいたのだ
積み上げられずに螺旋になった方は蟻塚に一番近いところから
赤鉛筆で順に番号を振った
四回目にダフネが蟻塚と螺旋を作ってから
(それはダフネ2の悪戯からずっと後のことだが)
ダフネが居なくなったのを見計らって
蟻塚の一柱ひとはしら
螺旋のピースの一枚一枚を裏返してみた
案の定
その蟻塚と奇妙な螺旋の不思議な都市は
94パーセントの確率で三回目と同じピースの並びになっていた
でも結局僕はその
例えば c1 c2 c3 c4 c5 の5ピースの共通項も分からなかったし
螺旋の順序を決めている要因もわからず
途中で分析するのを投げ出したのだった
ダフネの文字もどきを眺めていて
もしかしたら色とかではなく
花びらの数とかおしべの数といったものが
蟻塚のまとまりや螺旋の順序の
基準になっているのかもしれないと思った
しかしそれにしても
蟻塚の柱は全部で確か32本あったので
単純に雄しべの数ではないのだろうし
だいたい雄しべは何本だろうと
ネットで調べたら40本もある
しかし一つのピースに花が複数ある場合もある
その場合はどうなるのだろう
もともとこのジグソーは写真がもとになっているので
雄しべの形はかなりはっきりしていたが不鮮明なのもあった
雄しべの頭の花粉部分の黄色のスポットを数えてみた
大正解だった
ダフネのピースの蟻塚のまとめの基準は
とにかくそのピースに映っている雄しべの頭の
黄色いスポットの数で分類されていた
アルキメデスならきっとユーリカと叫ぶところだ
ならば螺旋は?
答えは簡単だった
螺旋にまわされたピースには花びらは写っていたが
雄しべは一本もなかった
残る問題は螺旋のピースの順序と
同じ柱の中の順番
「さあホームズ頑張れ」と僕は独り言を言う
桜色の割合ではないのは前に大ざっぱには確かめたので
それではないはずだ
15分は考えてみたがわからなかった
実はそのことも知りたい答えだったのだが
他のことが気になり始めて
集中できなくなっていた
僕はメモ用紙に下書きをしてから
数字を並べてダフネの画用紙の上に置いてみた
数字ならかなりの国で共通の文字だ
87034
12965
それをダフネは横目でちらりと見て
また漢字もどきの方に目を戻した
だめかなと僕が少し落胆しかけたとき
ダフネが少し面倒くさそうに
ボール・ペンをメモ帳に近づけて
明らかに数字を書き
また漢字に戻った
1128395810
ダフネは足し算でなく掛け算で答えたのだ
しかも瞬間考えただけで
足し算したら9が五つ並んだはずだ
僕は暗算して答え合わせしたわけではない
この数字の組み合わせは
丸暗記していたものだった
花を見よ
いい庭サンキュー5810
12965は覚えている必要は無い
99999から花を見よを引けばいいからだ