五月の風 | 不完全な切り紙細工

不完全な切り紙細工

 誰も聴く人がいないのに歌いつづける歌がある
誰も見る人がいないのに踊りつづける踊り手がいる
誰も読む人がいないのに書きつづけられる言葉があって
不完全な切り紙細工を幾つも幾つもつなげていけば
そこに何かの絵が生まれるものと願う鋏がここにある


 五月の風が快い

 青い空を背景に
 鯉のぼりに吹き流し
 泳ぐ鯉たちの打ち振られる尾鰭
 そのぱたぱたという音や矢車の回る音

 目と耳の記憶だけでなく
 薫る風の吹き当たる身体にも記憶がある
 季節の中で温かくなっていく身体に
 風が踊るように回りこみ
 僕が生きていることを喜んででもいるように思えた

 藤棚にくる熊ん蜂の羽音
 甘い花の匂い
 潤いのある空気
 伸びた草の葉

 何と言ったらいいだろう
 そう
 肌を冷やす穏やかな突風
 それこそが五月

 凧を揚げるには
 正月よりも五月がいいに決まっていた
 ときおりびゅーっと吹いて
 窓ガラスや戸を鳴らす風

 海で潮風の中で凧を飛ばせば
 凧たちはまるで
 今まで箱に閉じ込められていた鳥
 風に圧されては
 また風の流れをかいくぐって飛ぶ
 僕たちも地上でシャツをはためかせ
 空の凧と一緒になって舞い上がる

 五月に庭の芝生に寝転べば
 快さだけが
 世界のすべての空間を満たしているようにさえ思えた
 音楽好きな藤娘を
 放浪癖のある風が愛して僕が生まれ
 祖父や祖母たちが皆で祝福した

 五月の記憶には一点の悲しみも無い
 そしてそこで五月の時間は止まって
 人生がさまざまな苦痛や悲しみをもたらそうと目もくれず
 五月には
 僕が僕のすべてを所有する唯一の者だと
 確信できる気がする
 
 昔
 五月は死者を悼む月
 そしてその悲しみと冥府からの復活の月でもあった
 今もそれは変わらない
 風が騒ぎ
 いのちが沸き上がり
 豊穣を約束する