そこにいることを | 不完全な切り紙細工

不完全な切り紙細工

 誰も聴く人がいないのに歌いつづける歌がある
誰も見る人がいないのに踊りつづける踊り手がいる
誰も読む人がいないのに書きつづけられる言葉があって
不完全な切り紙細工を幾つも幾つもつなげていけば
そこに何かの絵が生まれるものと願う鋏がここにある


 ひとがそこにいることを
 どうやって僕たちは知るのだろう

 肌の肌理細かさや温もりが
 震える肩の
 絡まる腕の
 形の上にひろがっているとき

 それとも
 呼ぶ声に応える声があるときに
 こみ上げる嗚咽の息が
 かすかに漂う吐息の音が
 ひとの形の中から聞こえるときに

 笑う声
 笑顔の唇に
 憧れる目
 輝く瞳に

 交わす言葉の綾がからまって
 ひとつふたつと結び目を作るなら
 その言葉のひとはそこにいるのだろうか

 座っている椅子の音
 書き留める文字の紙のうえに残るとき
 それとも
 何もせず身動きもしないで立ち尽くす姿でも

 口づけるのは唇が欲しいのではなく
 その唇を震わすひとがいるからで
 胸に頬寄せるのは
 その胸を揺らすそのひとがいるからであり
 
 抱きしめているときですら
 そこに居ない人もある
 歌っているのに聞こえない歌もある
 同じベッドの中で見る異なる夢
 同じところまで行く列車の隣の席に
 座っている人の
 それぞれに違う行き先の
 それでも
 そこにそのひとがいることを

 手に手をとって踊るとき
 同じ歌を歌うとき
 それでも
 そこにそのひとが
 いないと思うのは

 愛することも
 関わることもないならば
 そのひとはそこにいないのか
 憎しみと拒否を
 そこにいないひとに向けられるのか

 風が吹き
 風を知るひとも知らずにいる人も
 雨が降り
 雨に濡れるひともぬれない人もいるように

 ひとがそこにいると
 僕たちが知ることは
 これほどまでに確かであり
 失われることを痛いとさえ思うのに
 とらえようとすると
 とらえ難くなり

 愛することも関わることも
 そのひとがそこにいると知ることのように
 ひとひら落ちる花びらを
 舞う雪を
 この手に受けたと思うときのように

 ひとは風のそよぎ
 風がそこにいると思うのに似ている

 愛は夢
 確かに見たと思える時間はわずかばかり

 恋は色
 この色と思うまもなく移ろっていく雲

 ひとは音楽
 ひととき鮮やかに歌いおだやかに息絶える
 夕暮れのリュート

 見失われるもの
 消え去るものを
 僕たちは知ろうとして
 また手を伸ばす


 終わりゆくものへの
 終わることなき愛慕

 知るということの悲しみの儀式