花の無意味 | 不完全な切り紙細工

不完全な切り紙細工

 誰も聴く人がいないのに歌いつづける歌がある
誰も見る人がいないのに踊りつづける踊り手がいる
誰も読む人がいないのに書きつづけられる言葉があって
不完全な切り紙細工を幾つも幾つもつなげていけば
そこに何かの絵が生まれるものと願う鋏がここにある


 暖かな春の宵
 数日ぶりに三人そろって夕食にする
 にわか作りの不思議な家族がテーブルを囲む
 ダフネはバレから帰るとすぐ風呂に入り
 短いムームーみたいな「ネグリジェ」のパジャマを着ている
 暖かい春の日に踊りつづけて
 身体が火照った感じなのだろうと思う

 昨日の突風のダフネと違う
 静かに憩うダフネがいる
 素足で椅子の上に胡座をかいて
 食事を口に運びながら時々
 僕やあのひとを見る
 なんだか少し大人びたような表情で

 ガラス戸の外は春の夜
 夜になっても冷えていかない空気
 庭灯に映し出される花水木
 戸を少し開けたままにしていると夜風が吹き込んで来る
 あのひとは上機嫌で
 昨日の情熱のダフネや戸惑う僕をからかう冗談を言う
 「とうとう恋をするようになったのかと思ったよ」
 僕もワインを少し飲み過ぎる

 ふと見ると
 ガラス戸の外にダフネが
 いやダフネ2が白っぽい長いローブを着て立っていた
 手には冷たく光る剣を持って
 それはフォークとセットのナイフを持った
 パジャマ姿のダフネがガラスに映っているようにも見えたが
 僕の隣にいるダフネは座ったままだった
 それが他の人にも見えるか知りたくて
 あのひとの方を見るといつの間にかキッチンの方に行ったらしい
 ダフネはちらりとダフネ2の方を見たが
 気にもとめずに食事をし続ける

 ダフネ2はガラスに近づいて
 ガラスを抜けて部屋の中に入ってくると
 剣のようなもので空気を2度薙ぎ払ってから言った

 「私はダフネの影
  ダフネを指し示す者
  花の国にて唯一言葉を持ち
  意味を成す者

  ダフネに意味を言葉を与える者は
  私が薙ぎ払う
  花の国の者には意味は要らない
  それを意味で汚す者は私が対処する

  何事にせよつまらぬことにまで意味を求めて
  意味を無意味に変えてはならぬ
  意味ありそうな大きな出来事が意味も無く 
  無意味と思える小さき事どもに意味があるならば
  意味の無意味
  無意味の意味を知るがよい
  意味と無意味は
  いずれ命の陰と陽」

 何かの歌か伝承の一節であるかのように
 ダフネ2はそう言ってから剣を僕の鼻先に持ってくる
 「警告したはずだ」
 それは多分僕を崖から突き落としたことを言っているのだろう
 それから剣を持っていない方の左手で
 ローブの胸元を引き裂いて胸を露わにすると
 「お前が恋すればその恋は私が受ける
  ダフネではない
  私はダフネの盾
  すべての厄災を引き受ける者だ
  ダフネに恋の言葉は届くことがない」
 「なぜだ」と僕は恐れも迷いも激昂もなく聞く
 ダフネ2は少し微笑んだような表情になり
 「理由はないわ」と言う
 「それがただ花の国の掟であるということなのよ
  分かっているでしょう?」

 そのとき僕の隣からダフネの左腕が伸びてきて
 手に持ったナイフの先で僕の鼻先の剣を
 ちょんと押す
 カチャリと金属のぶつかる音がして
 ダフネ2は剣を降ろして一歩下がり
 「ダフネは花の国の女王になる者として生まれた
  言葉は要らない」と無表情に言って消えた

 ダフネはまた何事もなかったように
 右手にフォークを取って食事を続ける
 僕はぼんやりとそういうダフネを眺める
 飲み過ぎたワインのせいか
 珍しく僕は酔って
 直方体の部屋がぐにゃりと曲がって揺れ
 皿に少し顔を近づけたダフネの髪が
 桜色の頬にかかって
 葉の形の影を作った

 ダフネ
 花の無意味
 まるで人の意識など持ち合わせないかのような
 静かな横顔の

 君は誰か
 そして
 なぜそこにいる