一瞬のことであるはずの落下のなかで
ダフネの声を聞きながら
僕はこれで親しかった人たちのところへ行くのだと
それから死ぬときは最後の瞬間まで
どんな痛みがあろうとも
意識を失わずにいたいと
いなければいけないと
ウミネコの群れの中を
何羽もの羽をへし折るように僕は落ち
でもやがて頭にかすかにチクリと痛みがあって
すべては消えた
気がつくと僕はベッドに寝ていて
ダフネの顔が目の前にあった
何か言おうとしたけれど声が出ない
そしてまた暗転
また落ちかける僕が見え
ダフネが手を必死に伸ばして僕をつかもうと
でも届かずに
また僕は落ちた
ダフネは僕の名を呼んで
それからまた
ダフネの長く尾を引く悲鳴が耳元で聞こえた
言うまでもなく
それは夢だった
でも僕は眠っていなかった
叫び声をあげてダフネがベッドの上に起き上がる
それはダフネの
ダフネが見た夢だった
でも僕はそれを見た
眠っているダフネの顔をじっと見ていたはずなのに
僕はダフネが見た夢を見た
そんなことが
起きるはずはない
科学が進んだ今でさえ
人が夢を見ていることを
その夢の内容を
他人が知るすべはなく
REM睡眠が夢の眠りだという科学者はいたけれど
REMでなくても人は夢にうなされることもあり
けっきょく夢は夢見る人のなかに閉じ込められた
科学の及ばない世界だったのだ
だから僕がダフネの夢を見るなどということは
起こりようのないことだった
でも僕はどのくらいの時間かはわからなかったが
ダフネの見ている夢を見た
自分が落ちて死にゆく夢を
ダフネは僕を見つけると
鋭い恐怖とかすかな安堵の入り混じる
奇妙な叫びをあげて
床に座ったまま頭をベッドの上に置き
まっすぐに伸ばした僕の手を両手で握り
ガクガクと震えながらまた悲鳴をあげた
思い返してみれば
不思議なことだが僕はダフネに名乗ったことはなく
ダフネが僕の名を呼んだのだとしたら
それはあのひとが僕を呼んだのを聞いていたからとしか
考えられず
それはダフネにはできないことだったから
まだこれも
もう一つの夢の途中なのだと僕は考える
けれどもうそれ以上の夢は見えず
ダフネはつかんだ僕の手を
自分の顔の近くまで引き寄せて
まるで噛みつくみたいに
何度も口づける
そうしながら
ダフネはベッドの下にいる僕の上に
落ちてきて僕の名をまたKと呼びながら
しがみつく
僕の落ちていくのを見た夢が怖かったのか
僕が遠くに引き退いていくのが怖かったのか
それとも自分が僕を突き落としたことに
死ぬほど驚いたのか
そうにちがいないと思って僕はダフネを抱きしめる
ウミネコの声が聞こえ
二人して海へ落ちていくような気がした
どこまで堕ちればいいのだろう
ダフネ
君を愛するためには
僕は今君の心を
僕に押し当てられた胸の奥にあるものを
感じて君を抱きしめているはずなのに
なぜ君がそうしているのかが
こんなに喘ぐように息をしているのに
僕には相変わらずわからなかった
落ちていくとき僕は君の手をつかみ
一緒に墜ちていきたいと願ったろうか
ましてやこの夢は
やはり僕の見た夢で
だんだん僕に近づいてくるダフネを
いや近くにくれば
いつかまた遠ざかることになることを
恐れた僕の夢ではなかったか
食い違う時間を超えるすべもなく
この夢が
ダフネも僕に近づくにつれ
僕と同じようにまた遠ざかるのを恐れて見た夢でないのなら
これは異なった悪夢を見て
恐れて誰かにしがみついている
哀れな二人の
同床異夢の慰めあい求めあい
愛なんて恐れを慰め合うことに過ぎないわと
もうひとりのダフネなら言ったかもしれない
でも僕はそれを決して言うことのない
言うことのできないダフネを抱きしめていた
ダフネの顔を見ようと
僕がダフネの両肩をつかんで
ダフネの上体を持ちあげると
はだけたパジャマからダフネの片方の胸が
するりとのぞいた
この若い胸の奥にあるものを知りたいと
知らなければならないと思ったとき
僕の顔に顔を近づけてダフネが
ひとこと言った
「シュミレ」と
花びらのような桜色の唇を
ちょっとすぼめて