ダフネのパズル(1) | 不完全な切り紙細工

不完全な切り紙細工

 誰も聴く人がいないのに歌いつづける歌がある
誰も見る人がいないのに踊りつづける踊り手がいる
誰も読む人がいないのに書きつづけられる言葉があって
不完全な切り紙細工を幾つも幾つもつなげていけば
そこに何かの絵が生まれるものと願う鋏がここにある


 忙しい日だった
 僕のどこかで迷いがあるのか仕事がはかどらなかった
 いつもなら酒を仲間と飲みに行く前には
 ほぼ100%こなすのが僕のやり方なのに
 今日は60%未満だったと思う
 しかもダフネを待たせてまで頑張ったはずなのに
 電話で校長に「今日は9時頃になります」と伝えた
 校長は「なるべく前もって言ってください」とだけ言った
 なんだか父子家庭の父親の気分になる

 やっとたどり着くとダフネは校長と一緒にオフィスに居た
 椅子にすわって俯き足をバタバタさせていた
 「今日はちょっと大変でした」と校長が僕を見ていった
 「時間のことで何か?」と僕は少し慌てて聞いた
 「あなたが7時になっても来なかったので
  7時15分にダフネはパニックを起こしたのです
  ほら可愛そうに頭を壁に打ち付けるものだから
  でも近くの外科医に見てもらった限りでは
  しばらく額が紫色になるだけで済むそうよ」
 哀れなダフネは額にシップか何かを貼っている
 「すみません」と僕は素直に謝る
 胸が痛んだ

 「先生はどうお考えになりますか」と僕
 「ダフネは僕を欲しがっていたのでしょうか」
 「欲しがる? それはどういう意味? 必要としているかということ?」
 と校長は少し強い調子で言う
 「いえ その 言い方が適切じゃないですね
  その『必要としている』です」と僕は慌てて言い直す
 「さあ それはダフネに聞かないとね
  分かっているでしょうけど この子たちは
  いつもと違うことがあるとパニックを起こすことがあります
  だから『必要』だと望むかどうかは別にして
  戻ってきた日からここ何日か7時だったでしょう
  そして今は9時半
  ダフネにケガはさせないように努力しています
  だからあなたもダフネの綺麗な顔に傷つくらせたくないなら
  時間を揃えるか
  でなければワザとランダムにしてくださいね」
 僕は「すみません」とまた言って頭を下げた
 それ以外の言葉は見つからなかった

 昼間久しぶりにTに出くわした
 Tが「おやま 俺が生存確認者第一号か」と言い
 「そうだ 後でちょっと俺んとこ寄ってくれないかな
  プレゼントがあるんだな これが」
 「プレゼントって?」
 「まあいいから」
 でそのことを午後中すっかり忘れていて
 帰ろうと車に乗ったときに運悪く思い出してしまったので
 Tのところに寄ってソレを受け取ってきたので30分の遅れ
 「なんでジグソーなんかくれるんだよ?」と聞く
 「別に 出来心って奴 お前好きだったろ」
 そう 僕は1000ピースくらいのを始めると
 出来上がるまでは眠らない
 でも今はジグソーなんかやっている暇がない

 ダフネは額のシップ以外は特に苛立っているふうでもなくて
 少し安心する
 家に戻ったのはもう11時近くなっていた
 ダフネは学校で夕御飯を食べたので食べる必要はない
 パニクった後でシャワーも浴びさせたと校長が言っていた
 「けっこう 多くの子が水で シャワーとかお風呂で落ち着くのよ」

 だから後は寝るだけのダフネ
 僕は夕食の機会を失ったので少し腹が空いている
 「ダフネ お休み」と寝る動作をしながらダフネに言う
 そっぽを向くダフネ
 Tにもらったジグソーをダフネに与えたらどうするだろうと思い
 包装を剥がす
 一つは満開の桜のジグソー
 太い幹や枝もなくただ一面の桜の花
 同じような桜の花がちりばめられているので少し難解だ
 もう一つは絵のない白地のままのジグソー
 こっちは絵の手がかりが全くない
 ピースの切り刻み方つまりピースの形というか
 ピースの曲がった裁断線のカーブだけがヒント

 ダフネが本物の桜を気に入っていたようだったので
 桜の方の蓋を開けビニールからピース取り出し
 箱の中に撒く
 ダフネはジグソーが好きだろうか

 食べながらダフネを見ているのだが
 いっこうにピースはつながらない
 それどころかピースをかき回して
 探し出すとそのピースを縦に積み上げ始めた
 気になって傍に行って確かめると
 とても描かれた桜の花とその向きがよく似ているピースを積み上げている
 縦一列の蟻塚が何本かできていく
 ダフネのような子どもたちはときどき
 手や足がひきつったようになって運動障害があることもあるそうだが
 ダフネはそういう問題が全くなかった
 奇妙な解答だなと僕は思う
 ジグソーをやったことがないのだろう

 「風呂に バス はいってくるからね」と僕が言うと
 ダフネは少し顔をあげてこちらを見たが
 それ以上の反応がなかったのでバス・ルームへ
 また後から入ってきたりするだろうかと思ったが
 今夜はそういうこともなく
 平和な風呂でぼんやりして出てくると

 床には驚くものがあった
 絵のない真っ白なピースのジグソーが
 完璧な長方形に並べられていた
 たかだか15分
 それだけの時間で絵なしの500ピースを
 こともなげに完成する
 ダフネはかなり頭がいいのかもしれないと改めて思う
 それどころか

 しかしその一方で
 桜の蟻塚の列柱は途中で放棄されたのか 
 あるいはもうダフネにとって似たピースがないのか
 風呂にはいる前に比べて小さな塔が2本増えていただけで
 残りのピースはまだ箱の中だった

 奇妙な光景だった
 一方で桜のジグソーは平面ではなくて縦に積み重ねられて
 桜色の蟻塚になり
 また一方で絵のない白いピースが
 裁断線のカーブだけを頼りに完成されて
 板のフロアに真っ白な四角

 ダフネはすることがなくなったのか
 それ以上は何も手にしないでじっと眺めている
 僕が風呂から出てきたのに気づくと
 立ち上がり二階に上がって行った

 この夜
 ダフネは自分のベッドに入り
 僕の顔を見ることもなく眠りに落ちた

 疲れていたはずの僕は2時を過ぎる頃まで
 ダフネのかわいそうな額と
 奇妙なジグソーの解答が交互に浮かんできて
 なかなか眠れなかった