ガラスのライオン | 不完全な切り紙細工

不完全な切り紙細工

 誰も聴く人がいないのに歌いつづける歌がある
誰も見る人がいないのに踊りつづける踊り手がいる
誰も読む人がいないのに書きつづけられる言葉があって
不完全な切り紙細工を幾つも幾つもつなげていけば
そこに何かの絵が生まれるものと願う鋏がここにある


 そのライオンは世界の光を
 美しく屈折させるガラスでできていた
 硬く重い光の塊から
 四本の足をまっすぐ伸ばし
 胸を張って堂々と
 怒りも恐れもなく
 じっと前を見ていた

 百獣の王は
 目と言わず
 力強い足も逞しい胴も尾に至るまで
 朝日を浴びて煌めき
 鬣(たてがみ)と尾の先端は
 細かな気泡が入った半透明
 深い水底のような沈黙の
 ガラスの彫像

 何年もの間
 彼は王として君臨し
 私の部屋の台座の上から
 アフリカの草原を見晴らしていた
 灼熱の太陽の日も
 荒れ狂う風の日にも
 変わらぬ姿勢をたもち
 大地にある獣たちを統べてきた

 ある日
 私が旅から帰ると
 台座の上の王は
 稲妻に切り裂かれでもしたように
 二つに割れていた
 それはまるで
 永い君臨のなかで
 静かに進んできた運命が
 とうとう不屈の王を
 その内側から
 打ち倒したように見え

 その時になって
 初めて私は知った
 硬い煌めきの王の
 誰をも怖れることのない強者の心は
 いとも壊れやすい繊細なガラスでできていたのだと

 栄光あるガラスの王は
 孤独と戦い続けていたに違いない
 広い草原を縦横に
 駈けていくこともできないまま
 ただ君臨と栄光の光の中で
 不動の生き方を全うしようと

 その王は私の誕生の日に贈られた
 強く生きよとの願いをこめた
 生の希望の象徴だった

 私は王の亡骸を
 厳(おごそ)かな木の棺にしまい
 壁を穿ってそこに埋め
 いつまでも守りつづけようかと
 しばらくのあいだ考えていた

 ひとときののち
 私は心に決めて
 二つに割れたガラスのライオンを
 悲しい王座から高々と持ち上げて
 陶器の床に
 迷うことなく打ちつけた

 光が飛び散るように
 ガラスは粉々に砕け
 王の姿は光の塵になった

 私にとって
 これが唯一受け容れられる
 王たる者の葬り方だったのだ

 ガラスの王よ
 これからは
 私の心の中に立て

 もろともに崩れさる日まで
 私の心の王として
 君臨せよ