平野を川は流れて | 不完全な切り紙細工

不完全な切り紙細工

 誰も聴く人がいないのに歌いつづける歌がある
誰も見る人がいないのに踊りつづける踊り手がいる
誰も読む人がいないのに書きつづけられる言葉があって
不完全な切り紙細工を幾つも幾つもつなげていけば
そこに何かの絵が生まれるものと願う鋏がここにある


 まだ緑ではない
 枯葉の色がほとんどの
 冬の殻から抜け出せないでいる平野

 縦横に走る鈍い白の道路が
 家々を区画する

 平野の絵の上に
 薄めたミルクをこぼしたように
 風向きを示す大煙突の煙が伸びる

 ためらいがちな春の兆しが
 枯葉色の丘の
 日当たりのよい一隅に少しだけ
 浅緑の点々を打つ

 海は灰色
 遠く微かに薄い青
 きっと風が激しい海の上の空を
 吹き飛ばされていく千切れ雲
 弧をなして行く手を塞ぐ水平線
 くすんだ紺色の岬の背

 風の駄々っ子が
 なにか言いながら
 がたがたと空の小舟の
 艫(とも)を鳴らしていく

 やさしい扇状地の
 街と街の間を
 強まりきれぬ陽射しにさえ
 水銀のように煌めいて
 川は流れる

 山を降るときには急いだ水も
 今は悠々として
 まるで平野と笑い交わしながら
 往くようだ

 途中で幾筋にも分岐する川
 プラスチックの玩具のような橋

 たおやかな流れよ
 分岐する場所で
 仲間との別れを
 わずかに考えあぐねるように波立っては
 やがて心に決めたのか

 歌うように
 母なる海の棲む湾の方へと
 走り出す

 巧まずに明らかなる
 時の表象

 川よ

 堂々と
 しかし心やさしく
 春へと
 向かえ

 われらが
 過ぎていく
 旅の讃歌よ