春風ジェーン | 不完全な切り紙細工

不完全な切り紙細工

 誰も聴く人がいないのに歌いつづける歌がある
誰も見る人がいないのに踊りつづける踊り手がいる
誰も読む人がいないのに書きつづけられる言葉があって
不完全な切り紙細工を幾つも幾つもつなげていけば
そこに何かの絵が生まれるものと願う鋏がここにある


 まだ花咲かぬ花畑

 まだ凍えていそうな潮風の岸

 丘の周り登る道

 誰だい あの子は

 まあるい胸を揺らして

 裸で野放途に飛び跳ねていく

 歳の頃ならもう十五

 尻だって

 もう一人前の


 なのに裸で

 しかも裸足で駈けて行く

 痛くはないのか

 まだ硬い草の上

 まだ冷たい石の上


 ああ あれは

 冬の木枯らしの置き土産

 背の高さほどもある

 豊かな浅緑色の髪をなびかせて

 まだ早い春を

 告げて行く

 春風の娘

 春風ジェーン


 あの子が

 のびやかな足で踏む

 野や畑

 土手に

 やわらかな

 新芽の芽吹く


 あの子がそっと

 乳房で触れて行く

 若人の木は

 勢いづいて枝を伸ばすのさ


 冷たく灰色に沈んでいた

 海ですら

 かすかに青い

 輝きを増す


 あの姿が見えるとは

 お前もジェーンに愛された者

 姿が消えても

 小さなレンゲの匂いが

 そよぎそよいで

 満ち来る春を

 告げられるのだ


 恥じらって

 女神の衣を着るなんて

 あの子は一度もしたことがない


 春に高まる

 いのちの欲望を

 まだ早いうちから

 掻き立てて行く

 春の小娘

 春風ジェーン


 ほら見るといい

 あの子の通った野の径は

 淡いパステル・カラーの

 色を帯び

 ほら聞くといい

 あの子の過ぎた風のあとには

 幼い鳥たちの囁きがする

 あの子が

 くるくると転がった砂浜は

 いつのまにか

 さらさらと流れ出す


 野辺よ

 海の面よ

 幸いな彩りを

 街よ

 家よ

 蘇る息づきを


 春風ジェーンが

 野辺を過ぎて行く

 この季節

 まだ寒くはあるが

 もう

 冬は去ったのだ


 美しき

 実りの年となれ

 やわらかき

 しあわせの時となれ

 春風ジェーンの

 過ぎて行く今日に

 僕らは

 いのちの時を

 再びこの手にして

 歩き出す