冬が寒いと
越えられない人が出てくるんだろうか
おおじいが死んだ OGじゃない
大きな爺さんだからおおじいと呼んでいた
父親の父親の(つまり爺さんの)年上の又従兄弟
血縁としてはそんなに近くないけど
僕が小さい頃にときどき
遊んでくれたひとだった
子どもの僕にいろいろ意味深長なことを
言ったひとだった
言われたときに理解する能力は僕にはなかったが
それでも言葉だけは意味も分からずに
オウムのように覚えていたらしい
死んだことを知って
僕は突然におおじいの言葉を思い出した
今の僕が聞いたらこんなふうに
会話しただろうか
(ほとんど子どもの僕で一部段下げが今の僕)
「こらこら大切なものを忘れているぞ」
「あ ほんとだ ありがとう おおじい」
「遊ぶのに夢中になっているからだな
それはいいことだよ」
「忘れてしまうことがいいことなの?」
「いや忘れることがいいわけではない
夢中になることがいいと言ったのだ」
「でも夢中になったからと言って
大切なものを忘れるのはいけないことでしょ?」
「そう 大切なものを忘れることはいけないことだね
でもな それと夢中になることは別のことだ」
「そうなの? よくわからない」
「わからないことはいっぱいあるものさ」
「おおじいは忘れたりしないの?」
「ははは 私は忘れてばかりだ 特に最近は」
「ボケたの?」
「ははは 『ボケた』はちょいと酷いが
まあ そうだな しかしボケなくても
忘れることが多くなるものだ 歳をとると」
「歳をとるってどいういうことなの?
長く生きてきたことが重要なんだよね?」
「ははは そうか そんなことも言えるようになったか K」
「そりゃあ 大きくなったからね 僕も
歳をとると 長い年月を生きてきて
似たようなことをいっぱい経験する だから
今さっきの出来事が過去の似た記憶の中に混じって
区別がつかなくなる だから
歳をとると物忘れするようになるんだよね」
「おやおや それがお前の記憶リロンかね
なかなか秀逸な見解じゃあないか
どこかの心理学者みたいだな
頭蓋骨の中でまだ生きている私の脳が
ホルマリンに浸かって萎縮した脳みたいになるから
ボケるのだと説明されるよりずっといい
際立っていないものは印象に残らないという
確かにお前のいうことは当たっているかもしれないが」
「が?」
「うむ 私はな そう考えることは
つまり 過去の出来事と今の出来事を比較して
今の出来事が過去に埋もれると考えることは
違うのではないかと思うようになったのだ」
「でも 記憶障害の人って昔のことは鮮やかに
覚えていてはっきりと思い出し最近のことを
すっかり忘れるのだから
やはり過去の方が際立っていて
説明はそれで充分な気がするよ おおじい
どこが違うの?」
「うまく説明するのは難しいのだが
お前は過去の出来事の印象についてばかり
考えているようだが
つまりお前は人間が歳をとると
過去にばかり生きていると言っているようだが
そこが違うのだ
私はいい歳になったが 今も今を生きている
今こそが大切で今こそがすべてだともな」
「そうなら昔を忘れるはずないじゃないか!」
「そうじゃないのさ お前が今を生きるのと
私が今を生きるのは違うやり方でなのだ」
「わからない」
「そうだな わからないだろう
わからないでいいことだが
お前が聞きたがりの顔をしているから言うとな
お前は今が楽しくってしょうがない
大人たちがお前を見ていようがいまいが
自分でせいいっぱいだし十分なのだ
だからちょっと前のことも先のことも
たいして重要ではない
そのうち大人になると
自分の言ったこと やったことに責任をとらされるし
だから自分の言動に責任を持つためにも
あるいは人様がなんだかんだ言うことに
反論しなければならなくなるときも
自分のしたことを覚えておかなければならない
それから大人になるということは
先のことをあれこれ思い悩むようなるから
過去をたどり今と比べることも必要だ
だからいろいろと覚えているというわけだ」
「おおじいは大人でしょ だったら
覚えているはずじゃないの いろいろなこと?」
「ははは 理屈が通っているな K
だが 私はもう子どもなのだよ ある意味では
そして ちょっと前のことも先のことも
たいして重要ではない」
「わからない」
「そうだな それでいい 時がくればわかるようになる」
「いやだ 今教えて その答」
「言葉で言っても解るまいが・・・
早い話が 私にはそれほど長い『先』があるわけでなく
もはや過去が私の未来に影響することも
そう多くはない 歳をとるというのはそういうことだ
だから先のことのために過去を覚えている必要が
なくなってくる
すべては『どうしても今ここでやりたいこと』だけになる」
「じゃあ僕と同じだよ
僕は今 探検隊のことで頭がいっぱい」
「ははは そうだな K それはお前のこれからだ
お父さんのように冒険旅行に行くことや
世界の不思議を発見するのはお前の未来の出来事だからね
だが私にはその『これから』が さして意味が無い
私の『どうしても今ここでやりたいこと』は
お前とこうやって遊んでオシャベリしていること
息をしていることなのだ
お前と遊んでオシャベリすることを思い出すような
遠い将来のためじゃない
ただそうしていたいからなのだ」
「よくわからないけど やっぱり僕と同じみたいだ」
「そうとも お前と私は同じ
違うのは人生という時間のどこに
お前や私がいるかということだけだ
そうしてそれがお前の忘れん坊と私の忘れん坊の
違いなのだよ」
「わからない でも おおじいは
おおじいと僕とが同じだって言ってる
『どうしても今ここでやりたいこと』が大事だと
それは分かる気がするな」
「おお そうか それこそが大切なことなのだ
若かろうが年寄りになろうが
違いはほんの少ししかない
そして そんな違いはどうでもいいことだ」
「え? でもおおじいと僕とどこが違うのか
知っていることで僕は賢くなれるんじゃないの?」
「そう お前にはそうだろう」
僕は毎日がとてつもなく重要で
どうしようもなく気がかりになりながら
生きている気がする
それはあの時から全く変わってはいない
と言うか あのときよりもっとそうだと思う
(少しはズルけたりしていた時もあったが)
おおじいはあの時から今まで
なお長い年月を生きてきたはずだ
それだけの「未来』があったのだから
おおじいの言った「そんなに先は長くない」というのは
間違っていたのだと思う
でも
それからいろんなことがあって大人になった僕には
ほんの少しだけ
おおじいの言っていた意味が
わかるような気がする
おおじいの「そう お前にはそうだろう」という
一言を僕は何度も反芻する
それはこの上ない笑顔で言われた言葉だったから
おおじいは記憶が薄らいでいても
やっぱり今を大切にして生きてきたのに違いなく
決して過去に生きていたのではない
でも あの「ほんの少しの違い」に
僕が気づくときが いつか来るのだろうか
そんなことをこの二日ばかりのあいだ
考えるともなく考えて
ぶっ壊れたPCの後継者となる
手作りコンピュータのOSのUNIXがちゃんと動き始めて
そうして
正月休みが終わるのだ