そこにあるものが何であれ
記憶をたどって思い出すとき
思い出される事柄はすでに過去に去り
今はここにないものなのだ
しかし もうひとつの真実がある
思い出しているのは今であり たとえ
数秒数十秒あるいは数分の間だったとしても
思い出す行為は
今の時間の流れの中に組み込まれていて
決して過去のものではないということだ
過去の一日あるいは一年を
今の数分の間に思い出すことの不思議さ
出来事の時間と思い出している時間で
時間の長さが伸縮自在であるのは
なぜなのだろう
たぶん出来事の密度も深さも違っているのだろう
胸苦しさの実感も
夢の中で一年が過ぎたとしても
その夢は現実の時間の中では
何十秒ほどのことだったのか
邯鄲で盧生が見た夢は
これからの一生を
粟の炊き終わらないほどの時間で見てしまったが
オレは過去の一年ほどの出来事を
どのくらいの時間をかけて夢見ていたのだろうか
そうなのだ
昨年のクリスマス・イブの一日
愚かでやさしすぎた僕は ただ
未踏の再生を待っていた
朝が過ぎ昼が過ぎても
未踏がAさんという優れた歌の導き手を
愛していて これからも愛さずにはいられないと
心に決めようと
泣くために僕のもとへ訪れようと
それは大きな問題ではない
立ち枯れの木のように動かぬまま
未踏が力尽きてしまわないことだけが
僕のただひとつの希望だった
夕方降り始めた雨がみぞれに変わり
未踏の僕への道はぬかるみ始めていたけれど
その気になるのであれば
未踏はきっと傘もささずに歩き出すだろうと
時間は静かに過ぎ夜が来て
クリスマスの朝が明けるときにも
僕は聞こえない足音を聴いていた
未踏は立ち枯れなかった
立ち枯れず立ち上がり
オーナーが漏らしたAさんの居所へと
まっすぐに
僕が明るい朝の音を聞いていた頃
未踏はニューヨークに向かって
飛んでいた
二日後にその旅立ちを聞かされたとき
僕には悲しみはなく
それが正しい成り行きだと信じた
今も確かだと思う喜びが
胸を満たしたのを忘れはしない
だが それと
僕に残った空白とは別のことだったのか
昨年の記憶はこの一年に
折り重なったままだった気がする
振り返って目を覗き込んだオレにMが答える
「みんなが知っていたことだわ
でもそれは少しずつだったけれど
私はほんの少しみんなより多く知っていた
知らなかった?
私も少しはピアノを弾くの
未踏ちゃんの歌の伴奏もしたことがある
でも なぜだかすぐにギターにとられちゃったけど
そのうち あなたがあの子と一緒に
楽しそうに歩いているのを見るようになった
それから突然にあの子はいなくなった
それが何故なのか知るまでに
半年もかかった
どんな人であっても急に居なくなったら
なぜなのか私は知りたいと思うから
あなたがただ振られただけなのか
それなら いい気味だわと思ってたこともある
それとも事情があったのなら
どうしてもそれが知りたかった
だからギターをつかまえて
レスポワールで歌っていたことを聞き出して
行ってみたの」
そうなればMがほとんどすべてを
聞き出すことができたのは
火を見るより明らかなことに違いなく
「何の連絡も無いが 無いのが
帰ってこないのがアイツが幸せにやってる証拠だと思う」
とだけオレは言う
「それで K それでいいの?」とMが聞く
「いいと思う」とオレは答える
今夜初めて見るMの寂しげな顔が近づいてきて
「いいわ」と言う
ちょうど二人の頭の上に
葉が対に並んだ クリスマスのヤドリギが
飾ってあった

こめんとらん

