$..............消雲堂の安全対策




尾州犬山(愛知県犬山市)の酒屋の話。

弘化4年(1847年)の春、ある日の深夜、酒屋に鼻の高い異相の人が現れて「酒をくれ」と言う。酒屋の主が酒を与えると、升でガブガブと飲み、あっという間に数石(1石は10斗、1斗は10升で18リットルだから1石は180リットル)を飲み干してしまった。

主は「これは化け物だな」と思うと不思議と恐怖感もなくなり、普通の客に接するように対応した。すると異相の人は「酒を飲ませてくれたから、何でも望みを叶えてやろう」と言う。

主は「特に望みはないが、最近、女房を亡くして哀しい。女房が生き返ってくれればこれほどの望みはないが…」と言うと、異相の人はいずこかに去った。

その後、異相の人はまた酒屋にやってきて、自分の懐から小さな人を取り出して「これはお前の女房だ。約束を守ったぞ」と言って再び去った。

小さな人は、みるみる大きくなり、若い娘になった。娘は疲れているようだったので、その日は寝かして休ませてやった。翌朝、娘に尋ねると、呆然としながら「私は江戸新川の酒屋何某の娘」と言う。主は使いを江戸までやって確認させると、その酒屋では「娘はこの月の初めに姿を消してしまった」と言う。

これは大変だと、酒屋の主は娘を江戸まで連れて行くと、娘の親は「これは神様の縁結びに違いない」と喜び、酒屋の主と娘とを夫婦にしてやった。

事々録 巻の二(江戸時代の奇談集)




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東京大学地震研究所の佃為成氏が書かれた「地震予知の最新科学」(サイエンス・アイ新書 2007年10月24日発行)には、水位低下、渇水、発光などの怪現象に関する科学的な裏づけが書かれている。

「井戸水の現象と混濁」は、地殻の岩盤に力が加わると地殻変形と歪みが生じる。地面の隆起と沈降も発生する。水位変化のメカニズムは周囲の岩盤の体積が歪む(膨張)と地下水圧が降下して水位が下がるという仕組みである。

「発光現象」は、三陸津波時だけでなく過去の地震を例にとって見てもかなりの怪光目撃証言がある。

1995年の”兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)”でも多くの人々が怪光を目撃している。地震発生は夜明け前の午前5時46分。都市部では多くの人々が外に出て散歩やジョギングをしていて、そのうちのかなりの人々が怪光を目撃している。さらに”地鳴り”も聞こえたという人が大半だった。地鳴りは地震振動が音波に変換されたと考えられ、地震は既に始まっていたということになる。多くの証言を元に調査した結果、発光源は限られており、数百メートルのレベルで放電が発生したと考えられる。

同書では目撃者の証言から発光についてもまとめている。

怪光の形は稲妻、中央が盛り上がった山型、地上から空中に広がった扇型、水平に広がった水平型で、怪光の色は白、青白い、青、緑、黄、オレンジ、赤などだ。地震時の発光は稲妻のように放電や大気の原子や分子中の電子の励起(外からエネルギーを与えられ、もとのエネルギーの低い安定した状態からエネルギーの高い状態へと移ること) が考えられるという。

荷電粒子が気体の原子に高速で激突すると、周りの電子が励起されてエネルギー準位が高くなる。それはすぐ元の準位に戻ろうとするが、その際に電磁波(光)を放射するのだそうだ。佃氏は赤や青の光源は酸素や窒素ではないかという。

地震動とともに発生する空気中音波振動による電子励起、断層や地割れ、地すべりの際に摩擦や岩石破壊によって光る摩擦ルミネセンス発光(物質が電磁波や熱、摩擦などによりエネルギーを受け取って励起され、その受け取ったエネルギーを特定波長の光として放出する発光現象) もあれば、大気中の細かな塵に高速荷電粒子がぶつかっても発光する場合もあるそうだ。

六甲山の北側で稲妻が走ったという目撃者がいた。これは地面に電荷の集積があった可能性があるという。尼崎市でも同様の目撃談があった。尼崎市では稲妻のあと関西電力神埼変電所では、15kVの支線3本のうち、アースに結束された1本に過剰電流が流れ開閉器が作動して停電した。なんらかの理由によって地下から電荷が地面に運ばれて放電したためと考えられている。ただし、この場所は震源断層から数キロも離れており、一概に震源断層によって放電したとは決めつけることはできないという。
大河ドラマは歴史上の人物を主人公にすえなくちゃならないから実際は悪党でも善人的に描かなきゃなりません。

今の清盛もそうですし、幕末大河では新撰組や徳川慶喜も善人側に扱わなければならなかったから大変でしたよね。赤軍派みたいな新撰組の内部粛清をどう扱うのかとか。

ただし、歴史というのは勝者の記録であるから慶喜はどうでもいいけどw清盛も新撰組も実際には善人側であったかもしれないし、龍馬や西郷は悪党であったかもしれない(僕個人は彼らを悪党だと思っています)し。ゲバラやカストロや毛沢東も側面的にみれば悪党だし(毛沢東は悪党ですw)。

とにかく善人は人殺しをしてはいけないんです。謀略もダメ。と考えると、歴史に残った英雄たちはみな悪党なんですね。獅子の時代の主人公は架空のものであるようだから、それしかないんでしょうね。長くなっちゃいましたね、すみません。
仇情かけまじものと盟(ちか)ひしはまことかなしき
あきらめと知る 

竹久夢二「山へよする」から

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小学校4~5年生の時だったと思う。

当時住んでいた秋田市の歓楽街で怪獣映画を観た帰り、歓楽街の端っこにあった古い雑貨店の店頭に週刊誌やエロ本らしきものの中に1冊のマンガ雑誌を発見した。表紙には「ガロ」と印刷されていて、150円か200円だったろうか?当時の小学生のコヅカイでは高すぎるが、好奇心に負けて買ってしまったのだった。小学生なので掲載されていたマンガの大半の意味はわからなかったが、その中に林静一さんの「巨大な魚」に言い知れぬ魅力を感じた。

林さんは、のちに「小梅ちゃん」のあのキャラクターのイラストで有名になったが、小梅ちゃんのイラストでわかるように、林さんの描くナヨっとしだれかかるような女性イラストの下敷きになっているのは竹久夢二の美人画だ。

ボクも林静一のイラストをきっかけに竹久夢二の美人画や文章に夢中になった。吉田拓郎がボブディランを語ったりするとボブディランを聴いちゃうという、人として単純な欲求行動でしょ。

当時はノーベル書房から竹久夢二の作品集が「浪漫文庫」として数冊発刊されていた。当時は1冊600円。奥の広告欄に「勿忘草(わすれなぐさ)」「浜のわかれ」「恋慕夜曲」「夢二童謡集」「夜の露台」「山へよする」「小夜曲(せれなあど)」「青い小径」などの作品集が掲載されている。

相変わらず、まとまりのない展開。どうやって締めようかな(笑)

そういえば、ボクが勤めていた出版社は湯島にあって、印刷所は上野池之端にあった。月に一度は池之端の印刷所につめて校正作業を行うのだが、この近くに弥生美術館があって、その小さな美術館には竹久夢二の作品が常時展示されていた。

美術館なので入館料がかかるから(笑)二度だけしか入った事はないが、それまで実物の夢二作品を見たことがなかった僕は、目の前にある彼の絵を見て泣いた(本当だよ)。

その後、結婚してから榛名山に行く機会があって、榛名富士を目の前に見ながら、まだ若かったかみさんに「ここに竹久夢二が榛名山美術研究所を建てるはずだったんだぜ」と得意げに言うと、「誰?」という返事が返ってきて、ちょいとだけ悲しくなった記憶がある。

ま、こんなもんかな?


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