開国はペリーだけによるものではないのが、これらを読めばわかります。左はみなもと太郎さんの漫画です。みなもと太郎さんは、かつて「ホモホモ7」で人気を博したギャグ漫画家で、現在は幕末をテーマとしたライフワーク「風雲児たち」を執筆中です。幕末の本当の姿が折々の資料を踏まえてこと細かく描かれている素晴らしい大河漫画です。

漫画といえども”勉強になる”ものでなくてはいけないというのが僕の考えです。「風雲児たち」はギャグ漫画であるにも関わらず、ひとコマあたりの情報量が中途半端なものではないので読むには骨が折れますw

wikipedia「風雲児たち」を見ると、当初の編集部(創価学会系の潮出版「コミックトム」)からの依頼は、幕末の群像を五稜郭陥落まで単行本10巻程度でまとめてほしいというものだったらしく、これほどの大河マンガになろうとは誰もが考えなかったw 幕末の状況は江戸幕府の成立に根があるとのみなもと太郎の判断によって、関ヶ原の戦いから執筆を開始した。これが編集部の企画を大幅に狂わせ、江戸時代300年を通して時代の発展に関わった人間たちの運命を描く大河ドラマ漫画となる。

幕末のヒーローとして描きやすい坂本龍馬を主役に据えるというイメージだったらしいが、資料を参照しながら執筆していったら所謂幕末の常識を覆したいという思いに変化したらしく、特に一般では悪役とされる田沼意次や井伊直弼などをまったくの悪役として描かず、中立な立場でのストーリー構成を行っている。

素晴らしいのはwikiにもあるけれども「人物の善悪を分けたとき、権力側ではなく民衆に立って行動した者を善玉としている」という点が幕末を描く文化としての革命行為であると僕は賞賛しちゃうw

「黒船前夜」は”ロシア・アイヌ・日本の三国志”という副題でわかるように「一般的に描かれる事が少なかった幕末のロシアとアイヌ」にスポットを当てた大傑作。第37回大佛次郎賞受賞作である。

僕などの駄文で汚すよりも西日本新聞の書評を参照くだされw

「風雲児たち」も、ペリー以前のロシア使節プチャーチンと川路聖謨などの交流を描いている。千島、樺太などの領土交渉やプチャーチンらが伊豆で安政地震の津波に被災して自分たちが乗ってきたディアナ号が沈没までしちゃうが、彼らは津波で海上に流された日本人被災者を救助するなど誰もが知らなかった幕末がここにある。

$..............消雲堂の安全対策
日本の安全保障と国防政策の「基軸」とされる日米同盟体制が担う主要な戦略的機能の一つに、米国が日本に提供している「核の傘(拡大核抑止とも呼ぶ)」がある。

1976年に初めて閣議決定された「防衛計画の大綱」に「核兵器の脅威に対しては、米国の核抑止力に依存する」との大方針が明記されているように、日本の歴代政権は東西冷戦時代から今日に至るまで、米軍核戦力が裏打ちする抑止力に国防政策の根幹を委ねてきた。つまり、東西冷戦終結後も、「核の傘」に国防の要諦を預け続ける姿勢に根本的な変化は見られなかったわけだ。

現に2006年10月に朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)が初の地下核実験を実施した際、ブッシュ政権は日本や韓国の安全保障上の懸念を考慮し、「核の傘」が依然有効であるということを日本の政府や世論に対して協調した。その背景には、日本政界の対北朝鮮強硬派が独自核武装の議論を巻き起こした経緯もあった。

また戦後日本の憲政史上、画期的な政権交代を経て登場した現在の民主党政権も、2010年末に閣議決定した新たな「防衛計画の大綱」で「核兵器のない世界」への努力を約束する一方、「現実に核兵器が存在する間は、核抑止力を中心とする米国の拡大抑止は不可欠」と言明した。

『日米「核密約」の全貌』太田昌克 著 (筑摩選書)ISBN978-4-480-01531-0  1800円 より


尖閣諸島はともかく今回の竹島騒動は、米日韓のヤラセであると僕は睨んでいます。要は「誰が得をするか?」ということを考えれば、簡単にわかることです。日韓は米国の傀儡国家ですから米国の言いなりなのです。だから原発を廃止することもないし、オスプレイを否認するはずもないのです。日本は原発やオスプレイから国民の目を反らせる必要がある。米国はナショナリズムを煽って日韓に兵器を売りたい、おまけに日本の原発を廃止させたくないといった思惑がある。

ですから米日韓裏で打ち合わせして、まずは現大統領自らが竹島上陸に碑を建立し、日韓のナショナリズムを扇動する→原発・オスプレイから目を反らせる→韓国現政権維持→より一層、日韓を傀儡として操れるというわけです。

現にfbでは最近まで原発反対を唱えていた方々が「反中韓」に走っているのです。まったくヤレヤレ…って感じです。

ミドリ安全.com
戦争に対する見方は、その年齢と広い意味での教養によって、千差万別なのだ…と、そしてさらに、教養というものが、かぎられた日本人にしか与えられていなかったことを考え合わせると、生まれ育った時代的風土、戦争を経験した折のその年齢的風土によって峻厳な差異があるのだということも…。(吉村昭「戦艦武蔵ノート:岩波現代文庫」より)

柳田国男の遠野物語は、119話から成り立っています。
この間、柳田国男さんの遠野物語から一つの話を引用しました。遠野物語の中に三陸津波における話があるというので、ペラペラと本をめくってみたのですが、見つからなかったのです。それでちょうど100話目の津波の被災地である船越の話を転用させていただいたのですが、その後、NHKのドキュメンタリーを見てびっくりしました。転用した話の一つ前の99話が、明治三陸大津波の話だったのです。僕がいかに本を読むのが嫌いか、いい加減に読んでしまうかがわかる事と思います。

遠野物語:99話

遠野の土淵村の助役、北川清という方に福二という名前の弟がいた。明治三陸大津波で、奥さんと子供を失って、生き残った二人の子供と元の屋敷があった場所に小屋を立てて暮らしていた。一年ほどすぎた、ある初夏の夜のこと。
便所に行こうと起きたが、便所は遠く離れたところにあり、その道も渚の波打ち際であった。霧が出ていて視界が悪い夜だった。

すると霧の中から男女二人が現れて、ヒタヒタと歩いて福二の近くを通り過ぎた。女の顔をよく見ると大津波で死んだ自分の妻であった。思わず二人の後をつけて船越村の祠がある場所まで来たときに、福二が堪らず妻の名を呼ぶと、女は振り返ってニコリと笑った。男の顔を見ると同じ村の者で、津波で死んだ男だった。福二が婿養子に入る前に妻と深く心を通わせていたと噂に聞いていた男だった。

妻は「今はこの人と夫婦になって暮らしている」と言う。福二が「子供が可愛くはないのか」と言うと、妻は顔色を変えて泣いた。妻と男は再び歩き出し、見る間に山陰に入って消えてしまった。慌てて追いかけてみたが、相手は死者であるからと立ち止まり、朝になってようやく帰った。その後、福二は暫く病患った。

この福二という男性は実在の人で、この話も実際に体験した話なのだという。遠野物語は、吉本隆明の共同幻想論を知らなければ、昔話的なファンタジーとして捉えられてしまいがちだが、実は、ある種のドキュメンタリー文学でもあるのだということがわかる。

田中貢太郎の日本怪談全集にも「月光の下」という津波で亡くなった妻を見かけてついて行き、発狂してしまう話がある。

幽霊とは己の意識の中から生まれ出るものであって、自分の中にある死者に対する悔恨を打ち消すために幻視してしまうのではないだろうかと僕は思うのだ。