5分くらい経っただろうか、もちろん完全ではないがあゆみは少しずつ落ち着きを取り戻しつつあった。

「…すごく怖かった…直也が来てくれてなかったら…。」

あゆみはまだ震える声でなんとか言葉を発しようとしていた。
そんなあゆみに俺は優しく声を掛けた。

「もう…大丈夫だから…。」
「うん…。」

さらに時間が経ち、あゆみの身体の震えがかなり治まってきたのを確認した俺はゆっくり立ち上がった。

「歩けるか…?」
「うん、なんとか…。」

あゆみも俺の手を取りながら立ち上がった。

「今日の事…警察にきちんと説明出来るか?」
「…うん、だってあの人、最後に変な事言ってたし。ちゃんと警察の人に言っておかないと、また何かあったら…。」
「そうか…だったら行くか…。」
「その前に…直也はあの人の事を知ってるんだよね?」
「…あぁ。あゆみが襲われたのは、間違いなく俺のせいだ…。」
「えっ?!…どういう事?」
「…それは警察へ行った後にでも話すよ。」

俺の言葉がショックだったのか、警察へ着くまでの間俺達は一言も言葉を交わさなかった。
警察へと着き、1人の警官に武史が落としたナイフを渡し事情を説明すると、奥の部屋へと通された。

「まず、襲われた時間と場所を教えて貰えるかな?」
「僕もその時に時計を見たわけではないので正確には分かりませんが…先程11時15分頃、近くのスーパーの屋上駐車場へ向かう通路でした。」
「なるほど。それじゃ、その時の様子を具体的に説明して貰えるかな?」
「私が1人でコンビニへ行く途中、そのスーパーの前を通りかかった時、急に男の人が腕を掴んできて、ナイフを突き付けながら『声を出すな、こっちへ来い。』と脅され、その屋上駐車場へ向かう通路の方へ連れて行かれようとしていた所に彼が来てくれたんです。」
「僕もそのスーパーを通りかかった時、何か声が聞こえたような気がして、失礼とは思いながらも中へと入らせて貰い、声がした方へ行ってみると、彼女がナイフを持った男に襲われているのを見て、助けに入ろうとしたのですがその男と口論になり、屋上へ上がった所で組み合ってナイフを振り落とすと、諦めたのか『これで終わりだと思うな』と言い残して下に降り、バイクでどこかへ走り去りました。」
「再犯の可能性を匂わせたと言う事だね。…それじゃ、その犯人の特徴とか覚えている事は?」
「暗い中で…しかも2人共冷静さを失っていたので、そういう細かい特徴などは覚えていませんが、犯人は『石森武史』と言う18歳の男です。それは間違いありません。」
「知っている人物なのかい?」
「はい…僕が中学の時同級生だった男です。」
「それはまた…。その頃その男と何かトラブルがあったとか、その頃何か問題を起こした事とかはあった?」
「…僕は特には…知らないです。」
「そう…それじゃ事件に関して何か思い出したりしたら、連絡してください。」
「はい…わかりました。」
「今日はもう遅いし、早く帰りなさい。いいね?」
「はい。」

俺達は何かあった時の為に、自分達の携帯の番号を伝え警察を後にした。
そしてあゆみを家に送ろうと声を掛けようとした時…。

「…ねぇ、さっきの武史って人が言ってた久美子って言うのは…誰なのかな?」

すっかり冷静さを取り戻したあゆみが早速鋭い質問を投げ掛けてきた。

「…。」
「あっ…ごめん、直也にだって話したくない事があるよね…。」
「いや…、確かにこれまで言えなかったんだけど…。」
「どうしたの…?」

言葉を濁し、うつむく俺に対してあゆみは、俺の顔を覗き込むように視界へと入ってくる。
そのあゆみの大きな瞳を見て、あゆみには久美子の事を正直に話しておいた方が良いとは思ったのだが、あまりに時間も遅いために、

「もう遅いし、また時間がある時にでも…。」

とは言ったのだが、

「ううん、構わないよ?」
と、あゆみはそのまま俺の視界の中で笑みを浮かべる。

「あゆみの家は俺の所と違って厳しいじゃないか。」
「そうなんだけど…今日のうちに全部聞いといて、明日からはまたいつもの元気な2人に戻ろうよ?」

その言葉に納得した俺は、あゆみに久美子の話をする事を決めた。

「…わかった。それなら、どこか座って話せる所へ行こうか。」
「うん。」

俺達は小さな公園へと向かった。
2人並んでベンチに座ったものの、俺がなかなか話を切り出せないでいると、あゆみは急に立ち上がり自動販売機へと向かい始めた。

「直也、何か飲む?」

何も持たずに家を出た俺は、当然お金も持っていない。

「…俺はいいよ。」
「…コーヒーでいいかな?」

周囲もさすがに静かだし、俺の声は聞こえていたと思うのだが、あゆみはコーヒーとジュースを買って戻ってきた。

「はい、コーヒー。」
「…あぁ、悪いな。」
「さっき、警察の人には『コンビニに行く途中』って言ったんだけど、本当は特に目的もなく外を歩いていただけなんだけどね。」
「…どうしてこんな時間に?」
「わからない…ただなんとなくそういう気分だったの。」
「…。」
「そっか…中学の時の話か…。」

するとあゆみは少し間を置き、意外な話を始めた。

「私ね、ホントは付属学校なんて行きたくなかったんだ。」
「…?」
「今はまだ訳は言えないけど、あの頃は凄く嫌だった。」
「…そうは言っても、そこで雅恵に会えた訳だろう?」
「そう。だからホントに人生って分からない物だと思う。嫌だと思って進んだ所でも、結局良かったと思える経験があったりするのよね…。」
「…。」
「だから…今日のこの事も今の私達には嫌な事件だけど、いつか2人にとって重要な経験になるかも知れない。」
「…結構ポジティブなんだな。」
「うん…。あっ、ごめんね変な事を言い出しちゃって。…はい、次は直也の番。」
「…あぁ。」
(あゆみがせっかく話をしやすいようにしてくれたんだ…。いい加減話さないとな…。)

俺はようやく覚悟を決め、あゆみから視線を外し、武史と久美子の話を始めた。


[続く]
夜も11時を過ぎようという頃、ふと窓から外を見ていると、あゆみがうつむき加減で家に向かう方向とは逆方向へ歩いているのが見えた。

(あゆみがこんな時間に外にいるなんて珍しいな…。あゆみの親父さんは結構厳しい人だし、今日はバイトも休みだったしな…?声でも掛けてみるか。)

俺が家を出ると、既にあゆみの姿は見えなくなっていて、携帯を部屋に置いて来てしまった為、俺はあゆみが歩いていた道を早足で追い掛けてみる事にした。

(コンビニにでも行ったのかな?…でも、わざわざこんな時間に…?)

しかし…、

「い、いや…。」

営業時間を過ぎ、既に暗くなっているスーパーの屋上駐車場へ向かう通路から微かに女性の声が聞こえた気がした。

(今の声は…?)

そこをよく見てみると2人の姿があり、その1人の手にナイフのような物を持っているのが月明かりの反射で見えた。
敷地内へ入り、少しずつ近づいて行くとその話し声が聞こえてきた。

「……………お前、『加賀直也』の知り合いだな?」
「えっ?!」
(なんだって?!一体誰だ?)
「確か…あゆみとか言ったかな?」
「…あなたは一体…?」

襲われている女性はなんとあゆみらしい。

「おい…」

その言葉を聞いた俺はたまらず助けに入ろうとしたが…、

「ちっ、誰か来やがったか…。」
「俺に恨みがあると言うのなら、直接俺に来いよ?」
「何?直也なのか?」
「お前は誰だ?」
「ふざけるな!…俺の事を忘れたとは言わせねぇぞ?!」

声とその口調から、1人の男が俺の頭をよぎった。

「そ、その声は武史か?!」
「そうさ…3年ぶりだな。」

さらに近づくと、あゆみとナイフをあゆみに突き付ける武史の姿を確認した。

「な、直也?!…助けて。」

あゆみは震えながら細い声で助けを求めていた。

「そのナイフを離せ!」
「やっぱりこいつがあゆみって奴なんだな?」
「だったら何だと言うんだ?」
「ふん、予想はついてるんじゃねぇのか?」
「だったら…何としてでもあゆみを守ってみせる。」
「けっ!久美子を守ってやらなかったお前がか?笑わせるな!」
「くっ…。」
(久美子…。)

俺は何も言葉を返せなかった。

「久美子は俺と一緒にいる時もずっとお前の話ばかりしてた…それだけお前の事が好きだったんだろう。」
「…。」
「それなのにお前は…。」
「それは仕方ない事だろう?だからってお前があんな事を…。」

俺のその言葉に武史は持っているナイフをさらにあゆみに近づける。

「卑怯だぞ!」
「おっと…あまりデカイ声出すんじゃねぇよ。まさか人を呼ぼうとしてるわけじゃねぇよな?」
「…。」
「いくらカッコつけていても、所詮お前はそんな奴なんだよ。」
「くっ…わかった。上で話そう…。」
「ふっ…まぁいいだろう。」

武史は既に声も出せず無抵抗なあゆみを強引に引き連れ、屋上の駐車場へ上がって行き、俺も黙ったままそれについていった。

(くそっ…いくら時間を掛けた所で状況は何も変わらねぇ。こうなったら危険でも正面から突っ込むしかねぇか…?そうすれば武史も俺の方へ注意が向く、その隙にうまくあゆみを助ける事が出来れば…。)

他に良い考えを思いつく時間も余裕もなく、屋上へと着いてしまった。

「さぁ直也、話って奴を聞かせてもらおうか?」
「武史…俺もあんな事があってこれまでの3年間、何もしてなかった訳じゃない…。」
「けっ…何を言い出すかと思えば、まだそんな強がりを…。」

俺は武史の言葉を無視するように、あゆみに声を掛けた。

「あゆみ…今からそいつに飛び掛かる。絶対、あゆみには手を出させないから。俺の事…信じてくれるか?」

もう既に放心状態なあゆみだったが、なんとか出来る限りの笑顔を浮かべ頷いてくれた。

「いい加減にしろよ…。」
武史が喋っている間に俺は一直線に武史に向かって突進し、一瞬油断した武史のナイフを振り落とす事に成功した。

「あゆみ、今のうちに離れるんだ!」

あゆみは恐怖で震える足でなんとか武史の落としたナイフを拾い、組み合っている俺達から離れた場所で倒れるように座り込んだ。
それを見て少し安心した俺は、逆に武史のパンチを一発受けてしまった。

しかし、ナイフを失った武史は諦めたのか溜め息を一つつき、口を開いた。

「なるほど…まんざらでも無かったようだな。」
「ぐっ…。」
「ふん、これで終わりだと思うなよ…。」

不気味な言葉を言い残し、武史は下へと駆け降りて行った。
俺は即座にあゆみの元へと駆け寄り、あゆみの隣に腰を落とした。
極限の緊張と恐怖から解放された安堵感にあゆみは持っていたナイフを落とすと、俺にしがみついて泣き出してしまった。
俺は何も言わず、そのままあゆみの様子が落ち着くのを待った。
その間に武史はバイクで爆音を響かせ、どこかへ走り去っていったようだ。

[続く]
〔♪♪♪…〕

修司からだった。

(まったく…朝から何だよ…?)
〔ピッ〕
「もしもし?…ふぁ~。」
“もしかして今まで寝てたのか?直也、よっぽど暇なんだな?”
「そうじゃねぇよ…俺はバイトで疲れてんだよ。」
“ははは…まぁ怒るなよ。”
「それで何の用なんだよ?」
“そうそう。急で悪いけど俺、今日の夏祭り行けなくなったんだ。”
「ど、どうしてだよ?」
“父さんの仕事の用事で、これからアメリカに一緒に行く事になってな。”
「はいはい…金持ちはいいよなぁ。」
“まぁな。”
(ちぇっ、少しは謙遜くらいしろよな…まったく。)
“じゃあ、そういう事だから。あゆみと雅恵にはもう言ってあるからな。”
「そっか。まぁ仕方ないな。」
“すまないな。3人で楽しんで来てくれよな。”
「あぁ、じゃあな。」
〔ピッ〕
(はぁ…修司は来ないのか。)

そして夜、神社へ行くと既に浴衣姿のあゆみと雅恵が待っていた。

「直也~。こっち、こっち。」
「おぅ。雅恵も浴衣で来たのか。」
「うん。今日の朝あゆみから『今日、浴衣で行こう』って。」
「似合ってるぜ。」
「えへっ。慣れてない恰好でちょっとだけ恥ずかしいんだけどね。」

俺は初めて見る雅恵の浴衣姿に瞬時、目を奪われていた。

「直也、私は?」
「ん?」
「私だって浴衣着てるんだから、何か言ってよ?!」

急にあゆみが大声を発した。

「な、何を怒ってるんだよ?似合ってるよ、ものすごく。」
(なんだ?あゆみが周りを考えずに大声を出すなんて…。)
「ど、どうしたの…あゆみ?何かあったの?」
「…ごめん。何でもない…。」
「…。」
(あゆみに一体何があったと言うんだ…?)
「そ、そろそろ行こう?」
雅恵に誘われるがまま境内に進むと、多数の露店が並んでいた。
俺達は童心へ返り、しばらく射的などで楽しんだ後、ベンチで一休みしていると雅恵が去年の夏祭りの事を話し始めた。

「でも修司がいないとちょっとつまらないね。そういえば去年、直也と修司ったら金魚すくいで本気で勝負してたんだよね?」
「そうそう。あれ楽しかったね。」
「あぁ…あれは燃えたぜ。」
「確かあの時2人共結構すくってたよね?」
「俺が25匹で修司が20匹だったかな。修司もなかなかだったが、俺から言えばまだまだだな。」

大した事で無いにも関わらず、俺は得意気に言った。
「2人があまりに真剣だったから…見てるだけでもめちゃくちゃ楽しかった。」
「小っちゃい子供達もすごい集まってきて…店の人もビックリしてたよね?」
「だけどいらないから、全部その子供達にあげたんだ。」

その後、去年の事を思い出していたのか沈黙が続いたが、またも沈黙を嫌う雅恵が口を開いた。

「ねぇ、御神籤を引いてみない?」
「あぁ、いいぜ。」

早速3人で御神籤を引きに行った。

(賽銭箱に100円を入れてと…えーっと?げっ…『凶』かよ?!なになに…『恋愛運…急がば回れ』か、焦りは禁物ってか…。)

「直也、どうだった?」

雅恵が興味津々そうに聞いて来た。

「…聞いて驚くなよ?」
「大吉だったの?」
「はっはっは!俺は…『凶』だ…。」
「うっそー?!」
「本当に?直也。」

雅恵もあゆみも目を大きく見開き、信じられないと言いたそうな表情で俺の顔を見ていた。

「俺って本当に運無いからな…。雅恵はどうだった?」
「私は『中吉』。あゆみは?」
「私?私は『大吉』。」
「いーじゃない。」

『大吉』と書かれてあるらしい御神籤を見ながらあゆみがつぶやいた。

「でも御神籤なんて…いまいちあてにならないしね。」
「まぁ、その日何が起こるかなんて誰にも分からないし、先が見えてる人生なんてちっとも楽しくないだろうからな。…けど、やっぱり良い事があるって思ってる方が良いよな。」
「うん。」

2人は珍しく俺の意見にうなずいてくれた。

「でも…さすがに『凶』は無いだろう?こんな人が多く集まる日くらい無くせば良いのに。」
「ははは…直也らしいね。」

そんな話をしているうちに、多くの露店が片付けを始めていた。

「そろそろ終わりみたいだな。」
「そうね。今日は楽しかった。」
「『大吉』は全くのハズレじゃなかったようね?あゆみ。」
「でも1日だけじゃ…。ずっと幸せにしてくれる人いないかな?」

この会話に入る事が出来無いと、すぐに感付いた俺は2人から少し距離を置いて歩く事にした。

「あれ?修司じゃダメなの?」
「修司も悪くないんだけど…だって今日も勝手にアメリカなんかに行っちゃってさ…。」
「あゆみはアメリカが嫌いなの?」
「ううん、そういうわけじゃないの。生まれ育ったこの街が好きなだけ。」

あゆみは爽やかな笑顔を浮かべ、空を眺めながら1つため息をついた。

「あ~っ!!ゴメン私、大事な用事を忘れてた!先に帰るね、バイバイ。」
「えっ?雅恵…ちょっと…。」

雅恵はあっという間に俺達の視界からいなくなってしまった。あゆみと俺は呆気に取られていた。

「一体何だったんだ?雅恵…着慣れないって言ってた浴衣を着てるのに…どうしてあんなに速く走れるんだ?」
「ある意味すごいよね…。」
「まぁな…。俺達も帰るか?」
「うん。」
「送って行くよ。」

帰る途中、あゆみがそっと口を開いた。

「ねぇ直也、来年もこうやって一緒に夏祭り来られるのかな?」
「うーん、今はまだ何とも言えないな。」
「来れれば良いね。」
「…あぁ。」
(どういう意味で言ってるんだ…?)
「じゃあ直也、ありがとう送ってくれて。」

気が付くとあゆみの家の近くまで戻ってきていた。

「礼なんか良いよ。」
「でも、ちゃんと気持ちは素直に伝えなきゃ…。」
「そうか…。」
(気持ちは素直に…か。)
「おやすみ直也、また明日ね。」
「あぁ、おやすみ。」

あゆみは小走りで家に向かって帰っていった。

(来年か…俺はどうなってるんだろうか…。まぁ今はそんな事を考えても仕方ないか。明日もバイトがあるし…今日は早く帰って寝るか。)

そしてその後1週間、またいつも通りアルバイトをこなしたが、あゆみはその間も特に変わった様子は無いように見えた。

しかし休日の22日、それは起こった…。

[続く]