こんばんは、菓子(かこ)です。
きょうはパートナーと、長谷川町子美術館へいってきました。
すごくサザエさんばかりで、とても素敵だなあと思うとともに、
「どんど」という作品がすばらしかったです。
日本画家の方の作品だったとおもうんですが、
迫力といい、まあ何がすごいかって、
音がきこえてくるんですよね。
おと。
ぱちぱちという火の粉の舞うおとだったり、
わあわあというひとびとの歓声だったり、
きゃきゃというこどもの声だったり、
ほんとうに色々のおとがしました。
美しかったです。
絵画は音を、
文字は音と風景を、
音楽は風景を、
それぞれあらわすことができれば、
きっとすばらしいものなんでしょうね。
こう考えると、どうやら文字のちからは強そうです。
よく、こどもじみていると人から言われます。
それは、残酷だからだそうです。
飽きたらぽいと捨てるんでしょうとかたまに言われますが、
自分ではあまり実感がありません。
要は執着心のなさだということをさいきん、気づかされました。
固執しないらしいですが・・・
固執も執着も、それぞれヒトにすることなのかどうか、わかりません。
ヒトはそれぞれべつべつの人間なのですから、
そのひとの自由意思で決めるべきなのです。
むずかしいですね、なさすぎてもおかしく思われるし、
あり過ぎればいやだといわれる。
別にいやなことがあったとかではないのですが、
どうにもこうにも。
江國香織さんの「すみれの花の砂糖づけ」をよんで、
なんとなしに言われたなあと思ったから、書いただけなのですけれど。
ひとづきあいって、むずかしいですね。
今日はいちにち、たのしかったです。
旅行にいくことも決まって、たのしみです。
くもの巣のかたすみで、
菓子でした。