クレアが亡くなってから、3日目になります。

みなさんの温かいことばや励ましのメールに少しずつ気持ちを整理しています。



昨日猫の日は私の誕生日だったので、お祝いメールもたくさんいただいて本当に私は幸せ者だと思います。

クレアも私の誕生日を自分の命日にしてはいけないと少し前に逝ってしまったんだろうなと思います。



不思議なもので、亡くなった時の涙とその後の涙では感情が違う気がします。

シンバやウィンの時の悲しみの涙と今の涙も違う気がします。

老衰で亡くなったリディアの時とも違う気が。。。

同じ病気で亡くなっても感情は違うんですよね。



クレアにはやりすぎない程度にできることはなんでもしてあげました。

クレアもそれにこたえて頑張りました。

穏やかで満足な顔をした最期だったからなのか、悲しいとか辛いとかそういう感情ではなくて、やっと苦痛から解放されて楽になれてよかったねと思うと同時に心が空虚になってしまった涙のように思います。



今もまだクレアのお悔やみメールをいただいて返信するときに涙がでてしまいます。

時間が一日また一日とたつにつれ、クレアの姿がない、亡くなってしまったんだ、もう介護をしてあげられないのだという現実に向き合っている切ない涙です。

少しずつ気持ちを整理して涙をとめないとクレアは私の涙で水浸しになってしまうものね。



心にぽっかりあいたクレア型の穴を埋めるために、クレアが我が家に来た時から亡くなるまでをここに書き留めておこうと思います。

子猫の画像を見たり、お友達ブリーダーさんのところの子猫の成長をブログで見て埋めていきます。

それでも埋まらない時は、ご縁があればお迎えするかも。。。(今はそんな気持ちになれないんですが)



シンバの時は2年半かかりました。

ウィンの時は2年。

リディアの時は1年。

メルモの時は半年。

少しずつ克服できる期間が短くなっています。


2月20日に日付が変わって1時間半くらいしてクレアは逝ってしまい、それから主人が帰ってくるまでの時間がどれだけ長く感じたでしょう。



結局主人が帰宅したのは4時。

それからクレアとの無言のお別れをしてお風呂にはいってもらい、ごはんを食べ終わったのが5時。

どうしても11時に取材がはいっていてクレアのお葬式にでれないといわれました。

自分の都合でお葬式を延ばすためにクレアを冷蔵庫に保管してもらうのは嫌だというので、ひとりでお寺さんにいくことにしました。



ちょっとだけみんなで一緒に寝ようとクレアをお棺ごと寝室に連れて行きました。

この時ばかりはおバカちゃん兄弟もわかったようで、悪戯することなくお別れをして一緒に寝ました。

ほんの数時間しか眠れませんでしたが、亡くなった日はこうしてみんな一緒に寝ることにしています。



お寺さんに電話で確認すると12時に予約がとれたので、お棺にいれるためのお花を買いにいって、11時半くらいに着くようにクレアとの最後のドライブに行きました。



お寺さんに行くときの通り道にお世話になった動物病院があったので、助手席で永遠の眠りについているクレアに”クレア病院だよ、先生にありがとうございましたっていいなさい”と話かけました。



お寺に着くと、びっくりするくらい猫さんを連れてきている人が多くて。。。。

19日は新月だったから、猫の神様がたくさんの猫さんを連れていかれたのかな。。。



お寺さんはメルモの時工事していたところが完成されて、素晴らしい設備のところでクレアはお坊さんが読経してくれている中荼毘にふされました。



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その間45分くらいは待合室でひとり待っていました。

虹の橋という絵本があって、実物を手にするのは初めてでした。

天国に行く前に虹の橋というところにいって、元気な体をもらって仲間と一緒に暮らすそうです。

やがて逝く私たちを待っていてくれるのです。

私たちと出会ったら一緒に天国にいくらしいです。

そう思うと気持ちが穏やかになります。



係りの人に呼ばれて、お骨を拾うところにいくと


”生前可愛がっていた子なので、いつも撫ぜていたように素手でお骨を骨壺にいれてあげてください”


といわれました。

ちょっと初めての素手だったのでびっくりしましたが、素手でいれてあげました。

しっかりした立派な骨でした。

頭蓋骨をいれてのど仏を最後にいれると


”頭蓋骨を撫ぜてあげてください”


といわれ撫ぜてあげました。

ふたが閉められて、渡されたとき涙があふれてきました。

ずっとしっかりしなくちゃと思っていたせいか、とめどなく涙がでてきました。

泣きながらまたお坊さんに読経してもらってからお骨になったクレアを助手席に乗せて帰ってきました。



クレアは本当に優等生でした。

19日で鎮痛鎮静剤の注射も点滴も手元にあるのは最後でした。

20日に麻薬パッチの交換もしなくちゃいけなかったので、病院にいくはずでした。

激痛がでるのは絶対可哀想だったので麻薬パッチを貼るべきか悩んでいる私の気持ちを察したのか、2月22日の私の誕生日には逝けないと思ったのか、苦しみのない最期でした。



あの時顔をあげて見つめてくれた顔は本当に可愛かったです。

大きな真ん丸の目で”ママ逝くね”といってくれたんだと思います。

私は今心は穏やかで後悔とか悲しいとかそういう感情はありません。

でも奥深いところで、亡くなったという事実に自律神経が故障して、クレアのことをいわれると涙が溢れてきます。



21日主人と一緒に動物病院に今までのお礼をしにいつもの駐車場にとめて車からでたとき、なんと表現していいかわからない感情に襲われて嗚咽してしまいました。

深呼吸をして気持ちを整えてから病院にはいったのですが、いつも病院で待っている間にお話を聞いてくれていた猫の保護活動をされている方に会って話をするとまた涙がでてきてしまいました。

一緒に涙してくれました。



院長先生に直接お礼と最期の話をしました。

緩和的手術をしたこと、自宅での点滴、麻薬パッチこれらがあったからクレアはいい最期を迎えられたと伝えました。



2月22日の誕生日に食事に行く予定でしたが、気持ちがまだ完全に戻ってないのでやめることにしました。

それで病院にお礼をしたあと、タルトを連れて横浜に行って気分転換してきました。

夜の横浜は素敵です。

春節だったから中華街もいい雰囲気でした。

タルトを店内に連れていけるお店があるので、そこで簡単な中華セットをとって普通に食事して帰ってきました。

気持ちが少しずつ穏やかになっていく気がします。



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これからクレアと同じように闘病している方やこれからわが子に起こるかもしれない方に少しでも役にたてればと思い、クレアがしてきた治療や費用などを書いていくつもりです。




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みなさんありがとうございました。


クレア2月20日1時28分に息をひきとりました。



最期は私の膝の上で、私がさすりながら話しかけていたら、急に顔をあげて3秒くらい私の目を見つめてうなだれました。



クレアはさわられたり、抱っこが嫌いでしたが、唯一私の足の間にはいって触ってもらうのが好きでした。

だからひとつ前のブログを書いてすぐ膝の上にのせてずっと話しかけてさすってあげていました。

幸せそうな満足した顔をしていました。

顔を上げた時、まだそんな力残っているのかと思って、すぐに息をひきとったことがわからないくらいでした。

あわてて聴診器をあててみたら心音がなくて、何度も何度も確認したけど音がなくて、呼吸もしていませんでした。

おしりあたりに敷いていたペットシーツには大量のおしっこがでていました。

数時間前に体のいらないものを全部吐いて逝く準備をしていたのですよね。

ちゃんとお別れができました。

クレアらしい最期でした。

いつもなら主人がちょうど帰ってくる時間でした。

主人も電話で帰れなかったことを悔いていました。

仕事だkらしょうがないです。

いつものことです。



クレアは今用意してあった段ボールに横になっています。

主人が帰ってきたら一緒に体を拭いてあげるつもりです。

みんなもクレアに最期のお別れにいっています。



タルトの寝る前トイレの散歩もさっき行ってきました。

帰ってきてからタルトはいつもベッドで遊ぶのですが、ドアのあたりから壁のほうををずっと目で追って遊びませんでした。

クレアが見えたのかもしれないです。



主人が帰るまでどうしていいかわからなくてこのブログを書いています。



本当にいっぱい頑張ったクレアです。

みなさんも心の中でクレア頑張ったねといってあげてください。

ずっと闘病日記を読んで応援していただいたみなさんに心から感謝しています。

一緒に闘う勇気とパワーをいただきました。

本当にありがとうございました。