ブログネタ:死刑について考えてみる
参加中

現在の裁判制度が来年の5月から変わります。裁判員という一般の国民がアメリカでいう「陪審員」の形で裁判に参加、集中的な公判に加わって被告の量刑についても判断します。当然今回の山口県光市の母子殺害事件や当県で発生した連続児童殺人事件(通称「鈴香事件」)についても判決に参加することになります。

死をもって罪をあがなうというのは日本では律令時代以前からあったようです。戦後の日本国憲法でも最高裁の判決で死刑が決定される、とあり、現在の鳩山法務大臣はすでに10人以上の死刑執行にはんこを押して執行させています。間接的にではありますが人の死を決定するという作業に今後は一般国民も参加することになるわけです。

もちろん最高裁の公判には裁判員は参画しません。しかし、一審である地方裁判所で下された結論(判決)が、その後の高裁、最高裁の判断基準となることは間違いのないことなので、裁判員として裁判に参加することに抵抗を覚える人も多いようです。

新制度が始まって最初の死刑判決が出れば、その裁判に携わった裁判員をマスコミは追いかけるかもしれません。暴力団関連の裁判なら、裁判員であることを突き止められて脅迫される恐れだってあります。なかなか難しい制度が始まることになるわけです。

さて、お題の「死刑」についてですが、私としては死刑で被害者遺族の気持ちが晴れるわけではないと考えます。ただ、人一人の命の重さを犯人の命で償うことで、遺族にとっては多少の慰安になるのではないでしょうか?人権弁護士と呼ばれる人たちがよく「被告の人権も考えて」などと発言していますが、私に言わせれば「では、被害者遺族の気持ちは考えなくてもいいのか?」ということになります。罪を犯した被告であるからこそ、裁判という公の場で裁かれるわけですし、ましてそれが人の命を奪ったものであるなら、死をもってあがなうのは当然ではないでしょうか。

最後に光市の高裁判決後の記者会見での本村さんの発言を載せます。

「過去の判例にとらわれず、個別の事案をきちんと審査して、それが死刑に値するかどうかということを的確に判断した」・・・・・・この判断を一般国民に求められるのが裁判員制度なのです。

Aチームの第2ダウン、残り6yds。QBのA7はドロップバックし、スクリメージライン後方にいたA22にパスを投じた。パスは不成功。失敗したパスの着地地点はスクリメージラインの手前だったが、このダウンでA77とA64はプレイ開始とともにダウンフィールドにブロックに出ていた。





                       ↓





単なるパス不成功。元の位置からAの第3ダウンとなる。





前パスは、スクリメージラインを越えたもののみが「フォワードパス」である、と定義されています。つまりインテリアラインメンがスクリメージラインから1yd以内で相手に接触し、継続的な接触でスクリメージラインから3ydsまでは前進してよい、というパスプロテクションの規制や有資格レシーバーがパスプレイでダウンフィールドに出たら相手に自らブロックしてはいけない、というオフェンスインターフェアの規制は該当しないのです。つまり、インテリアラインメンがプレイの開始と同時にダウンフィールドに出てブロックしても反則ではない、ということです。





注意しなければならないのは、上記のようにパスが失敗した場合で、投げられたボールの着地点がスクリメージラインよりも前方であった場合には、正当なフォワードパスとなります。「無資格捕球者のダウンフィールドへの進入」や「攻撃側のパスインターフェア」など通常のフォワードパスプレイで規制される項目がすべて該当することになります。







 山口県光市で1999年に起きた母子殺害事件で、殺人と強姦(ごうかん)致死などの罪に問われた当時18歳の元少年(27)の差し戻し控訴審判決公判が22日、広島高裁で開かれ、楢崎康英裁判長は「死刑を回避する事情を見いだすすべもなくなった」と述べ、死刑を言い渡した。弁護側は上告した。
 楢崎裁判長は「何ら落ち度のない2名の生命と尊厳を踏みにじり、冷酷、残虐で非人間的だ」と指弾した。
 本村弥生さん=当時(23)=と長女夕夏ちゃん=同(11カ月)=への殺意などを一転否定したことを「虚偽の弁解」と断じ、「元少年は犯した罪の深刻さと向き合うことを放棄し、死刑を免れようと懸命になっているだけだ。反省心を欠いており、極刑はやむを得ない」と述べた。
 楢崎裁判長は、殺意の否定を「起訴後6年半以上も話していないことを新しく供述し、不自然で不合理だ」と判断。遺体の状況にも整合しないとして退け、弥生さんへの乱暴目的も認定した。
 元少年の年齢や精神的な未熟さを犯行の背景とする一方、死刑を回避する事情とまではいえないと指摘。その上で「遺族に対する謝罪、反省の弁は表面的で、刑事責任の軽減を図る偽りの言動。改善更生の期待を裏切り、虚偽の弁解を考え出しており、反社会性は増した」と非難した。

大方の予想通りの判決でした。来年から始まる裁判員制度に向けて、いろいろな可能性を示唆する裁判となりました。1審で今回のようなわけのわからない弁護士が被告についたら、裁判員は今回の裁判長のように冷静な判決を導き出せるでしょうか?週刊誌や情報番組(ワイドショーとは言わないそうです)の「被告は悪人」的な情報に裁判員が惑わされないでしょうか?
真実を知っているのは被告だけです。その被告が更正するかどうかは誰にもわかりません。自分が人を裁くのは、アメフトだけで十分です。
Aチームのトライフォーポイント、A57が蹴ったボールはスクリメージライン付近でB66がブロック、ボールはスクリメージラインを越えエンドゾーンのグランドにタッチした。


ボールはデッドとなり、トライは終了となる

スクリメージ後方でブロックされたボールは、Bチーム(守備側)によってタッチされたとはみなされません。従ってTFPのキックがブロックされた後にスクリメージラインを越えるとエンドゾーン内のグランドにタッチするまでか、アウトオブバウンズにボールが出る、Aチーム(キック側)がボールを確保するまではBチームにとってはフリーボールとなり、リターンすることができます。これはフィールドゴールの場合も同様ですので、Aチームはスクリメージを越えて、キックとして成功しないとわかった場合には、リターンを防ぐためにボールを確保して、デッドにする必要があります。守備側にリターンの意思がなく、ボールを追うこともなく、ころがっているボールの周りに守備側の選手がいなければ、ボールデッドを宣告してもよいでしょう。


同様のケースで、ブロックされたボールがスクリメージラインを越えなかった場合には、A・Bどちらのチームもボールを持って前進させることができます。つまり、キック側にとっては、TFPなら2ポイント、FGなら1stダウン獲得もしくはTDの可能性があるわけです。守備側にとってもTFPならリターンして2ポイント、FGならTDの可能性があります。風の影響や、ボールのバウンドでスクリメージラインの手前に戻ったキックボールも同じ扱いになります。

ブログネタ:運命は決められたもの? 自分で切り開くもの? 参加中
その年は2年以上が12人しかおらず、新人は多く入ったものの、秋のリーグ戦では攻撃で使えるまでは至らずにシーズン入りしていました。しかも2年のQBが八幡山の鳥神大とのスクリメージで負傷するという苦しい布陣でした。
その試合は例によってM原団地の緑の怪物大グランド、対戦相手は戸塚の聖人でした。史上最強という下馬評の聖人に対して、雉達は1年の急造QBで臨みました。実戦経験がまったくないQBでセンターのスナップがまともに受けられず、パンターも壊れた2年のQBが務めていたため、1stダウンは奪えず、パントも2~30yds先に蹴り出すのが精一杯でした。聖人は4年中心で、ゴリゴリ攻めてきます。私は右のDBでしたが、オープンプレイでプルアウトしたタックルがノーマークで私のところにブロックにくるのですから、止めようがありません。
聖人は得点を重ね、最終Qには1年が攻撃チームで出てくる余裕でした。何本目かわからないTDを奪われた瞬間に、聖人ベンチが沸き立ちました。間もなく試合が終わり、全員がグランドに並んで試合後の挨拶をした時に、理由がわかりました。(当時は試合終了時にフィールドで全員が並んで挨拶していたのです)主審が「102-0で聖人の勝ち」と宣告しました。屈辱的な敗戦でした。
その年はリーグ戦全敗で日程を終了、常に下位低迷とはいえ、ひどいシーズンでした。

話はこれで終わりではありません。「運命は自分達で切り開くもの」を地でいった翌年の聖人大戦へと続くのです。
翌年は私たちが最高学年、前の年に1年から試合経験を積んでいた新2年もしっかりスタメンらしくなり、その年のリーグ戦を迎えました。初戦は綱島の雷大に惜敗、2戦目が因縁の聖人戦でした。当時は駒沢第二グランドは雨天には使用できない状態で、その2戦目は朝から雨でした。この場合、試合開始をずらしてローカルグランドに移動して実施されます。移動先は八幡山の鳥神大グランドでした。皮肉なことに、移動する頃には雨は上がり、ゴールポストのないグランドで試合が始まりました。

昨年の主力の4年が大量に抜けたとはいえ、聖人には有能な選手が多く、案の定最初の攻撃シリーズで私たちの自陣10yd付近まで攻め込まれました。聖人の第4ダウン、これが駒沢第二であれば間違いなくFGで3点を先制されるところです。ところがゴールポストがないため、聖人はギャンブル、なんとかこの攻撃を止めることができました。
ここから雉達は反撃を開始、そのシリーズでTDをあげ、TFPも成功させて8-0と先制したのです。
これでペースが狂ったのか、聖人は攻撃の歯車が噛み合いません。私もSの控えとして、数プレイに参加、エンドゾーン内へのTDパスをカットしたりしました。後半にも雉達は1TD、1TFPを追加、聖人を完封して2年ぶりの勝利を上げました。前の年の屈辱が生んだまさに「自分達で切り開いた運命」の勝利でした。