また冒険者としての依頼だ。
監獄を抜け出してからというもの、ほとんどこちらがメインになっている気がする。
有り金を奪われたという女からだ。どうも、今回も盗賊がらみのようだが・・・。



-アルノラ-

アルラインからアイレイドの秘宝を受け取り、オラブ・タップの主人とオンガーの3人で一晩中語り明かし、丸一日ゆっくりした後、俺はアルノラ・オーリアの家に向かった。
アルノラは、自分の家の地下で人型相手に雷撃魔法をブッ放しまくっていた。
かける言葉が見当たらず、唖然とする俺に向かって振り向き、開口一番

「何よ貴方!私の機嫌が悪いのを見て判らない!?用件があるなら早くしてちょうだい!」と怒りだした。
こういう女には逆らわない方が身のためだ。
町で噂をきいて、何かできる事はないかと聞きに来たんだ。と言うと、彼女はしばし俺を値踏みした後、椅子を勧めた。

「貴方のような人を待っていたのよ。可哀そうな身の上話を聞いて、手を差し伸べてくる優しい冒険者さん。」
と、いやらしく笑う。詳しい話はこうだ。

「私がアイツ、ジョランダーに金を持ち逃げされたのは本当よ。でも、その金は町で噂されているように、もともと私のお金ではなくて、帝都とこの町を行き来している豪商のものだったのだけれど。」
つまり、ジョランダーとアルノラは二人組の盗賊だったらしい。
この女の話では、ジョランダーに脅されて仕方なく犯罪の片棒を担ぎ、その途中ジョランダーは警備兵を殺してしまったという。
が、女の態度と身のこなしを見る限りでは、この女は自主的に盗賊の業を磨き、その恩恵を喜んで受けていたようだ。

「そして仕事の最中に彼は警備兵を殺してしまったの。その後彼は捕まり、私は彼と隠した金を取りにいったのに、そこには無かったのよ。きっとジョランダーが別の場所に隠したに決まっているんだわ。畜生!」
俺の仕事は、なんとかして牢獄にいるジョランダーとつなぎをとり、金の隠し場所を探り出してくることらしい。
やれやれ。同じ盗賊がらみでも、この前のアルラインとブレイドンとは大違いだ。



-ジョランダー-

ブルーマ城の牢番に金を握らせ、ジョランダーに会いに行ってみたが無駄足だった。
アルノラの名前を出した途端に、彼は激昂した。

「あのあばずれめ。俺を騙して牢獄に入れるだけじゃ飽き足らず、汚らしい冒険者まで咥えこんで、俺を笑い物にしようって魂胆か。帰りな!娑婆の人間に、話す事は何もないね!」

「ほう。じゃあ俺も同じ処に入っていたと言えば話を聞いてくれるのか?」と、俺。

「ふん!口ではどうとでもいえるぜ。そうさな、本当にお前が俺の今いるこの房に入ってくる度胸のある奴なら、少しくらいは口を聞いてやってもいいがな!」


その日の夜、俺はジョランダーと同じ監房に入った。
盗品商のオンガーと宿屋オラブ・タップの主人(名前はそのままオラブというらしい。)に、飲みに来た非番の衛兵の前でひと芝居打ってもらったのだ。

酔っぱらったオンガーに散々俺を罵倒してもらい(本当に芝居なのか疑いたくなるような辛辣な言葉もあった)、しまいには殴りかかってきたオンガーを止めた主人を押しのけて、こっちからあべこべに殴ったのだ。(一発だけだが、かなり本気で殴ってやった)。
そこでオンガーに大騒ぎしてもらい、オラブ・タップを出てすぐの門にいる衛兵に訴えてもらった。
そこでめでたくお縄となったのだが、一部始終を見ていた非番とオラブの証言のおかげで、情状酌量の余地ありと判断され、正式な裁判を省略してもらった。つまり「一晩だけの外泊」で済むというわけだ。


「へへ。あんた本当にブチ込まれたんだな。気に入ったぜ。アルノラの本性を教えてやろう。」
ジョランダーの話では、豪商を襲った時、落ち合い先として選んだ場所に彼女は来ず、現れたのはブルーマの衛兵だったということだ。

「だが俺は先手を打っておいたんだ。捕まる前に、二人で隠したお宝を元の場所から移したんだよ!そしてその場所は薄汚い看守どもには教えねえ。ましてや、あわよくば金を横領しようと企むティレリアスとかいう汚職看守にはな。」

「だが、アンタが俺の頼みを聞いてくれるなら・・・頼みというのはつまり、アルノラを二度とふざけた真似のできない世界にお送りすることだがな。あの女が後生大事に首につけているアミュレットを持ってきてくれよ。そうすれば金のありかを教えてやってもいいんだぜ。」

次の日の朝、俺は数日ぶりの監獄の空気に別れを告げ、アルノラの家へ向かった。



-ティレリアス-


アルノラに包み隠さず報告すると、アルノラは俺にカギを渡した。
「あなた牢獄に入ってきたの?大したものね。貴方なら私の新しいパートナーにふさわしいわ。そこの宝箱に入っているアミュレットをジョランダーに見せてきて。別に私を殺さなくても、カネの在りかは教えてもらえるわ。彼に私の安否はわからないんだから。まったく。昔からあの男は間が抜けてるのよね。」

女はこれだから怖い。アルレインのような女がいるかと思えば、アルノラのような女もいるのだから。
ともあれ、今回の仕事は楽に済みそうだ。
話を聞く限りでは、どちらかというとジョランダーに同情してしまうが、この女は下手に敵に回すと厄介な気がした。


ジョランダーにアルノラのアミュレットを見せると、彼は狂気した。
「ハレルヤ!よくやってくれた!これであの女はもう二度と、あの癇に障るニヤニヤ笑いを浮かべる事が出来なくなったわけだ!金のありかを教えてやるぜ。娑婆の兄弟。そして消えな!俺はネズミのクソを数えるので忙しいんでな!」
と、屈折した喜びと羨望、そして嫉妬を織り交ぜて、金のありかを教えてくれた。ブルーマ北門の大きな岩のたもとにあるという。


アルノラの家に行くと、カギがかかっていて留守のようだ。一刻も早く金を掘り出して見たかったので、先に行くことにしよう。
だが、北門の大きな岩といっても沢山ある。どこの岩のたもとに埋まっているのか見当もつかない。
一度アルノラの家に戻ろうかと思案していると、比較的大きめな、特徴ある形をした岩のふもとに掘り返した後を見つけた。
・・・少し掘ってみると、みつけた。箱だ。
箱を開けようとした途端、北門の方から誰かが近づいてくる。アルノラか、と思ったが、彼女は俺がここにいることを知らないはずだ。

影はブルーマの警備兵だった。その男はティレリアスと名乗り、箱の中身をよこせという。
ティレリアス。たしかジョランダーが言っていた汚職看守だ。
ティレリアスは、「たったいまアルノラを殺してきた」といった。本当だとすれば、当然俺も殺す気だろう。

冗談じゃない。監獄から出たばかりで、正式に訓練を受けた警備兵(しかも俺より若い)に勝てるわけがない。
だが北門の門番は姿が見えない。ティレリアスが遠ざけたのか。
つまりここには俺とティレリアスだけ。やるしかなさそうだ。



-因果応報-

このままでは危ない。
先日来からの冒険で手に入れた金でやっと手に入れた武器をリュックに括りっぱなしで、今身につけているのは、土を掘るために使う、夜盗から奪った手斧である。

そしてティレリアスは正式に訓練を受けた警備兵だ。打ち込んでくる剣の一筋一筋がこちらの急所を狙っている。
辛うじて受け流しながら応戦するが、ロングソードと手斧ではリーチが違いすぎる。
それをヤツも知っていて、絶対に近寄りすぎてはこない。かといって、離れてもくれないので、こちらとしてはリュックの武器を手に取る事も出来ない。考えてる暇はない。こうなれば最後の手段だ。


「うわああああああ助けてくれええええ!!」

ありっったけの大声で叫ぶ。
とはいっても、北門からは少々離れている上に、門番はティレリアスが遠ざけているので誰にも聞こえない・・のだが、案の定ティレリアスは動転した。当たり前だ、俺でも動転する。
人間だれしも、「やっても無駄」とはっきりしている事はやらないと決めてかかっているものだ。
だからこそ、それは盲点となる。

ティレリアスが動転した瞬間に、俺は後ろを向いて走り出す。
ヤツがあわてて剣を振るう直前、俺はリュックの担ぎ紐から右腕を抜き出しつつ、その勢いで体を右周りに反転させ、ティレリアスに向き直る。
と、同時に、左腕を思い切り体の前に持ってくる。
ティレリアスの振るった剣と、俺の右腕から自由になったリュックが、左腕の前に吹っ飛んでくるのは同時だった。
俺のリュックはヤツの剣で盾に引き裂かれ、中に入っていた薬品や食料が宙に舞う。そして、真一文字に宙に舞ったものがある。

寒気のロングソード。
刀剣にルーン文字を刻みこみ、切り付けた敵に冷気属性の追撃をするエンチャントソードだ。

ティレリアスの剣は辛うじてはじかれ、俺のリュックは地面に落ちぼろ布と化した。
だが、これで対等だ。

再びヤツと対峙するが、同等以上の武器を持っていても、構えを見ただけで奴の方が腕は上だとわかる。
天賦の極術を駆使し、盗賊座の加護を活用しても、一筋縄ではいかなそうだ。
が、不思議とティレリアスの剣筋がよく見える。
そういえば、力の差があるにも関わらず、圧倒的に不利な間合いの手斧で最初の猛攻を防げたのはなぜか。


しなやかさの魔除けよ。汝の仕えるべき主人を、忠誠ではなく友情で守りたまえ。

頭の中に声が聞こえたような気がした。
そうか。秘宝だ。アルラインが譲ってくれたアイレイドの秘宝。
「友情」のアミュレット、しなやかさの魔除けだ。

アイレイドの秘宝の中には、贈る者と贈られる者の絆によって、秘宝自身が使用者の必要とする特性を発揮するものがあると聞いたことがある。このアミュレットこそ、その秘宝の一つに違いない。

腕は相手の方が上でも、速さでこちらが上回っていれば後の先をとる事もあながち不可能ではない。
ここが勝負所だ。心を落ち着け、盗賊座の加護を祈る。


腕の違いがあるのに、一向に有効的なダメージを与えれない事にいらだったティレリアスが、上段から大振りしてきたその瞬間を狙って、俺は膝のバネをためながら、小さく沈む。
俺の体を追って袈裟がけにしてきたティレリアスの剣を、寒気のロングソードを構え自分の頭上、やや左で受ける。
縮めた膝を伸ばすと同時に、剣を受けた腕に力を込め、思い切り跳ね返す。

大振りで体制の崩れた状態だったティレリアスの剣は握りも甘く、回転して遠くの地面に刺さる。
ティレリアスは自分の置かれている状況が信じられないという顔をしたが、そのまま倒れ、倒れ終わった頃には、その顔には寒気のロングソードによって凍りついていた。



魔術師ギルドでの一仕事を終え、盗品商のオンガーと入った宿屋オラブ・タップは、この話題で持ち切りだった。
結果的に仕事を請け負う事になったが、盗賊としての自分の身の上を考えさせられる出来事になってしまった。
俺はこの事件を生涯忘れないだろう。



-吸血鬼ハンター-

吸血鬼とは、夜に生きるアンデッドとして非常に有名なモンスターの一種だ。
一日の労働から解放され、飲み・食べ・騒ぐ人々の合間に存在し、時には上級官僚や貴族の社交界にまぎれ込む。
そうしておいて、吸血鬼ゆえの類稀なる容貌を武器に、若者や処女をたぶらかし、生き血を吸う。
吸血鬼の呪われた体は日光を浴びると大きなダメージを追うため、昼は日の当らない隠れ家で眠り、夜を待つ。
その寿命は無限。
モンスターといえども、その存在にあこがれ・追い求める者もいるという、とこしえの夜の眷族だ。



話によると この町のブレイドン・リリアンという男が吸血鬼であったらしい。
たまたまこの町に訪れた吸血鬼ハンターのレイニル・ドララスが、その吸血鬼ブレイドンを、ブレイドンの妻(!)の留守中に退治したということだ。
警備隊がブレイドン宅を調べると、確かに地下室から誰かの死体が発見されたとか。
人々の証言では、確かにブレイドンは夜にしかその姿を見せなかった。つまりこれこそブレイドンが吸血鬼である証拠だということだ。

しかし、その話を聞いていた宿屋オラブ・タップの主人は首を振り

「そんなこたぁねえ。俺ぁブレイドンが昼間に出歩いていたのを知ってるぜ。ヤツがウチに酒を買いに来たんだよ。あの日は、丁度この辺には珍しく山風も穏やかでな。いい天気なのに昼間から酒かい、なんて話をしたからな。よく覚えてる。」

「でもよ、おやっさん、やっこさんがまだ吸血鬼じゃない頃じゃないのかい?」
とオンガーがいう。
吸血鬼になるには、自らが吸血鬼になる誓いを立て、それを導く吸血鬼本人から噛まれるか、吸血症の菌をもつ魔物(それこそ主に吸血鬼である)から感染し、発病するという二種類の方法があるらしい。

そこに、この宿に部屋を取っている「吸血鬼ハンター」レイニル・ドララスが入ってきた。
話はそこで打ち切りとなったが、オンガーやほかの客は、ダークエルフの吸血鬼ハンターに羨望のまなざしを向けるのだった。
ただ一人、宿屋の主人の疑わしそうな目を除いては。



-未亡人アルライン-

殺されたブレイドンの家には、未亡人となった彼の妻、アルラインと、ブルーマ警備隊のカリウス・ルネリアスがいた。
そしてベッドの上には、今だ葬られていないこの家の主人・ブレイドンの姿。
カリウス・ルネリアスは聡明な人物で、俺が今回の事件に疑問を抱いている事を知ると「警備上の問題が起きない限り」自由に調べていいということだ。

アルラインに話を聞いてみたところ、確かにブレイドンは昼間出歩くことはめったになく、この町にきてしばらくしてから、夜の仕事に出ていたらしい。だが、どんな仕事をしていたのかはわからず、ほかの誰も、彼の仕事については知らなかった。
彼女は、地下室から掘り出された死体は第三者が夫を陥れるために埋めたと考えているようだ。
当然、その第三者はレイニルということになる。そして、アルラインはレイニルを以前どこかで見たことがあると語った。


だが、警備隊のカリウスは「アルラインの言う事は考えにくい」と否定した。
夜間の仕事の事もそうだが、地下室の死体の事もある。
レイニルを「思い出せないが見たことがある」程度では彼に対する疑惑にすらならない。
これらを覆すには何らかの証拠が必要だろう。
確かに、夫を失って半狂乱になった妻のヒステリーと考えるのも無理はない。
警備隊も町の住人に聞き込みを行っているが、まだ始まったばかりで、今のところレイニルを疑う事実は出てこないとのことだ。


「夫を喪った女のたわごとと思っておいででしょうね、無理もないわ。
でもあの人は、若い頃こそ悪い仲間とフラフラしていたようですけど、私と一緒になってからは毎週の安息日ごとに必ず家にお金を入れてくれました。私にもそれは優しくしてくれましたわ。彼が吸血鬼だったはずがないの。どうか無実の罪を晴らしてください。お願いします。」

必死の顔でこう訴えるアルラインに再来を約束し、主人を喪った家を辞した。



-再びオラブ・タップ-

ブレイドン宅で得た情報をもって、オラブ・タップの主人に再び話を聞きに言った。
ここで意外な事実が発覚する。

「あぁ、ブレイドンの仕事かい。警備隊にもさっきも言わなかったが、ヤツは盗賊だったんだよ。
それも、盗賊ギルドに所属していない一匹オオカミのな。やつは、夜中に酔っ払いから稼いでたのさ。
ウチの店でヤツが仕事をしなかったのは、ご存じのとおり盗賊ギルドの盗品商オンガーがいるからだ。ここよりは、北にある宿屋、ジェラール・ビューの上等な客のほうが稼ぎやすいしな。」

「そもそものきっかけはこうだ。ウチは町の連中の家に食品も卸しててな。
ブレイドンがここに来て間もないころに、ヤツの家の払いが滞った事があってよ。ウチに来て、何か仕事はないかというもんでな・・・。
俺ぁヤツが昔何かヤバイ事をしてたってのは見て判ってた。だからオンガーの話をして、盗賊ギルドに紹介しようとしたんだよ。それで知ったんだがな。結果的にヤツは以前自分がしてた仕事に戻ったというわけだ。」


なるほど。ギルドに所属していないから、オンガーも彼が盗賊だとは気付かなかったというわけか。
そして彼は夜ごとジェラール・ビューで小銭を稼ぎながら機会をうかがい、安息日の前の日あたりには、一仕事終えた冒険者や旅の商人から自分の稼ぎをせしめていた。だから安息日に家に金を入れていたのだ。
つまり、夜中の仕事も、昼間に主人が目撃した事も真実ということだ。
地下室から出てきた死体の問題もあるが・・・・
逆に考えれば、彼が仕事に出ている間、盗賊の技に長けた何者かがアルラインの寝ている隙を見計らって運びこんだ可能性も考えられる。よし。ここはブレイドンを疑ってみよう。

「親父さん、ものは相談だがね、レイニルの部屋をみせてはもらえないだろうか。どうもブレイドンは無実だと思えて来たんでね。もちろん、いくばくかの礼はさせてもらうよ。」

「いやぁ、そんな事言わないでくれよ。旅の人。」
主人はあわててカウンターの下に潜り込みながら、申し訳なさそうな声を出す。
・・・やはり駄目か。
だが、なんとかレイニルの周辺を調べなくては。



-そして、一つの真実-

ほかの手段を考えながら宿の主人に礼を言う。
「わかった。いろいろ教えてくれてありがとう。何か気付いたことがあれば、また教えてほしい。」といって席を立つ。壁に掛けてあるマントを纏いかけたとき、呼び止められる。

「おっと、お客さん勘違いしないでくれ。」

・・・どういうことだろう。

「さっきのは、礼なんて要らないってことさ。レイニルの部屋を調べたいんだろう?
俺ぁアンタがそう言ってくれるのを期待してたんだよ、、、、っと、あったあった。ほらよ。ヤツの部屋のカギだ。二階に上がって突き当りの部屋だぜ。
やっこさんが帰ってきたら、なんとかここで食い止めておくからよ。じっくり調べてくれ。」


レイニルの部屋に入ると、すぐに決定的な手掛かりが見つかった。ゲレボーンいう人物の日記である。
日記には、ゲレボーン、レイニル、ブレイドンの三人が、過去にアイレイドと呼ばれるエルフの遺跡を盗掘していた事が克明に描かれていた。
それによると、アイレイドの遺跡で見つけた秘宝を宝箱に入れ、三人それぞれが箱にカギをかけたらしい。
ゲレボーンという人物は知らないが、レイニルとブレイドンにつながりがあったという事は、どこかでアルラインにも会った事が会ったのかもしれない。
今までの状況から判断すると、秘宝目当てにレイニルがブレイドンを殺し、そのあとで吸血鬼の濡れ衣を着せたのは確実のようだ。警備隊のカリウスのところに急ごう。アルラインの家にいるはずだ。



-ボリアルストーン洞穴-

足元にはダークエルフの死体が横たわっている。
自称「吸血鬼ハンター」レイニル・ドララスの死体だ。
想像通り、彼はブレイドンの過去の仲間だった。そして日記の持ち主であるゲレボーンも。



カリウスは日記を読み終わるとこういった。
「ゲレボーンというのは、スキングラードで殺された男の名だ。吸血鬼の疑いをかけられてね。
あちらの警備隊から連絡が来ている。そしてゲレボーンを殺した男の名はレイニル。あの「吸血鬼ハンター」だ。
だからこそ我々も、最初から彼を疑う事はしなかったんだ。なんてこった。」

「先ほど私のところに伝令が届いたんだ。いやなに。君が来てから、私も彼に監視をつけていたのだがね。
レイニルはブルーマを出てしまったそうだ。なんとか止められれば良かったのだが、それはできなかった。ボリアルストーン洞穴の方角に向かったらしい。だが我々は動けない。大きく動くと、きっと彼に勘づかれてしまうだろうから。」


彼を止める事を約束し、ボリアルストーン洞窟に着くやいなや、レイニルを見つける。
自らが窮地に立った事を知ったレイニルは、彼の前に立ちはだかる障碍、つまり俺に襲いかかってきた。
ダークエルフだけあって、強力な焔と氷の魔法に苦戦したが、同じ盗賊としては俺のほうが一枚上手だったらしい。奴が鍾乳石に阻まれた一瞬の隙をつく事が出来た。
今や「吸血鬼ハンター」は、自分の胸に「クイ」を打たれて絶命している。

欲に狂って同志を裏切った哀れな死体から、三つのカギを探り出し、宝箱の三重のロックを開けると、中から出てきたのは何の変哲もないアミュレットだった。これが秘宝とは思えないが、それ以外にめぼしい物はない。ブルーマに帰るとしよう。





-友情-

アルラインのところに戻ると、彼女は涙を流しながら話してくれた。

彼女がレイニルを見たことがあったのは、彼女が初めてブレイドンと会った時だった。
ブレイドンは、レイニルとゲレボーンの事を「互いに似たような身の上で、今は同じ道を歩く同志」と紹介したらしい。
その頃アルラインは帝都に住んでおり、ブレイドン達は帝都を中心に、遺跡や洞窟の探検をしていたようだ。
(オラブ・タップでの話しから想像すると、おそらくアルラインの知らないところでは、行商人などからの強盗も生業の一つだったろう。)

日記に書かれているアイレイドの遺跡の盗掘のあと、三人は秘宝以外の宝を山分けし、一時解散した。
ゲレボーンはスキングラードに向かい、ブレイドンはアルラインと一緒にブルーマで暮らし始めた。
秘宝はボリアルストーン洞穴に隠し、その値打ちが判明した時に、しかるべき方法で山分けする約束を交わして。
だが、ブレイドンは仲間(おそらくはレイニルだろう)の事を信じていないかった。アミュレットに特別な魔法をかけ、その性質を変化させたのだ。
そして秘宝と特別な魔法の存在だけをアルラインに話した。
自らが仲間と行った過去の罪悪や、今の仕事の事はひた隠しにしてだ。



・・・俺も一人の盗賊として彼の気持ちはよくわかる。
愛する女ができたときに、その女に罪を告白し、自分の汚れた手を赦してもらえるか。その不安。
いや、彼は自分が救いようのない人間だと知っていたからこそ、彼女に余計な苦しみを与えたく無かったのかもしれない。たとえ、それが逃げだとしても。
徒党を組んでいても一匹狼でも、盗賊にとって最初に、そして最後にも、素直になれるのは己だけなのだ。
その孤独ゆえ、彼は自分の罪をアルラインにも知られることを拒んだ。
おそらくは苦しみながら。



彼女は、アミュレットの真の力を解放するために合言葉が必要であり、それは自分が知っていると話した。
そして、アミュレットは俺に持っていてほしい。とも。
ブレイドンの事を思い、無言でいる俺を見つめて、彼女は言った。

「ウィリアムさん。本当にありがとう。レイニルを殺してくれて感謝していますわ。
ひどい事を言う女だとお思いでしょう。だけど許してちょうだい」

「それだけ彼を愛していたの・・たとえ彼が、あなたと同じ盗賊であっても。」

・・・知っていたのか。
ブレイドンが秘していた事、いや、それどころか俺の素性すらも、この女性は見通していた。
同胞も、同志も、愛する人にすらも完全に心を許せない人間の事を、この人はわかった上で赦していた。
俺は涙を堪えながらアミュレットを渡す。

「あの人もあなたも同じ。やっている事は悪い事でも、心は誰より人間らしさを求めているのよ。
さ、これがあの人がこのアミュレットにかけた合言葉よ。」


そして彼女がアミュレットを握り囁いた言葉は、ブラザーフッド。
「友情」だった。




ブルーマにある魔術師ギルドへ加入することにした。
これから稼業を続けるうえでは、隠密行動が必須となるだろう。
だが、冒険者として生きていく以上、盗賊として必要な敏捷性や速度以外にも、
持久力や魔力、なんといっても敵を倒し、戦利品を運ぶ腕力を鍛えなければならない。
そうすると、必然的に盗賊としての技量を磨く時間は少なくなるだろう。
それをカバーするための魔術だ。
盗賊座の加護を得て改めて考えると、あれは確かに「言い伝えや教訓」ではなく、
もっと魔法的な「加護」のようにも思う。

エイルズウェルで起きた「人体透明化」を解決する手掛かりが得られるかもしれないしな。
それに何より、あの透明化を自分で操れるようになる可能性があるということは、抗いがたい魅力を秘めている。

どちらにせよ、どんなに鍛えても限界のある身体的能力よりは、世界に満ちている無限の「マナ」を
利用する方法を会得しておこうと思ったわけだ。



-ブルーマ魔術師ギルド-

ブルーマ魔術師ギルドの長、ジョアン・フラソリックは、所謂知的な賢者ではなかった。
どちらかというと、「我々の業界」にいるような、能力もなしに口先だけで相手に取り入る種類の人間(業界では、そういう輩は「肝(タマ)なしのサル」と呼ばれる)で、事実、ほかのギルド構成員からも「多少魔法の知識に欠ける」とみられているようだ。

「よかったら、あなたの記念すべき魔術師ギルドでの初仕事を、私から依頼させてくれないかしら。」

ジョアンはそういって、帝都アルケイン大学へ出入りするための推薦状と引き換えに、その仕事を依頼してきた。
数日前から姿を見せない、ギルド構成員のジュスカールを探してほしいというのだ。


アルケイン大学とは、高位の魔術師たちの知識の源となっている施設だ。
高位の魔術師は、十分に理解している自身の魔法を元に、「構呪」と呼ばれる秘術で、新たな魔法を作るらしい。
本業にも応用できないかという期待から(もちろん素知らぬフリで)、応用次第では、盗賊の助けになる魔法も作れるのか聞いてみた。
返ってきたのは、次のような怪しい答えだったが。
「え、えーと、・・そうね・・できないことはない気がするかも。多分。
ま、まあ、栄えある我が魔術師ギルドに、そんな目的の為に構呪を行う輩はいないと信じたいけど。」



-透明化呪文の確かなる存在-

依頼を受けることにして、ギルド員の一人ヴォラナロに話を聞くと、
能力も無いくせに上司に取り入る事はうまいジョアンに、ちょっとした"いたずら"をすることが楽しみだそうだ。

「で、あんたがジュスカールを見つけてくるように仰せつかったわけだ。あの能無しから。」
ヴォラナロはそういうと、少し思案した後、「わが魔術師ギルドの新入りが、ジョアンからの信頼を勝ち取るために協力してやってもいい」という。
もっとも、その前に彼が呟いた「そろそろこのイタズラも飽きてきたしな・・・」が一番の理由らしかったが。
その結果、次なるイタズラとして、「魔法の知識に欠けるギルド長を成長させるため」に、ジョアンがカギをかけて大事にしまってある「呪文の手引き」を失敬してくることになった。

事がきまるとヴォラナロは、俺の呪文書の一葉をむしり取り、「初歩的な解錠」の呪文を書き入れた。
・・・必要ないという俺の言葉を無視して。一度書き込んだら消えない「ノルド印の黒墨インク」を使いやがって。
くそっ。覚えておけよ。


気を取り直してジョアンの机から「手引き」を失敬してくると、はたしてヴォラナロの横に見覚えのある靄がかった何かがいる。
そう、エイルズウェルで見た「透明人間」だ。
「飽きてきたイタズラ」とは、ジュスカールを透明化して、ジョアンを困惑させるということだったらしい。
ヴォラナロが一言呪文を唱える。
「はじめまして。ブルーマの透明人間、ジュスカールです。驚かせてしまって申し訳ありません。?ただし、魔術師ギルドの長であれば、こんな魔法すぐに見破れて当たり前なんですが。」

確かに、部下の透明化を見抜けないようでは、ジョアンにブルーマ魔術師ギルドの長としてギルド員たちを掌握することはできないだろう。
「ノルド印の黒墨インク」の件はあったが、俺はヴォラナロとジュスカールと3人で、肩をたたき笑いあった。


ジョアンに報告にいくと、呪文の手引きが無くなった事に気付き、狼狽しているようだ。まったく。
手渡された推薦状をみると、書類の一番上に魔術師ギルドの紋章の割り印が目に入った。

「あら、言ってなかったかしら。ねえあなた、私の呪文の手引き書を見なかった?
あ、えと、その、そう、新米ギルド員の為に、基本魔法の概説に注釈を付けた本を見せてあげようと思ったのよ」

とかなんとか言う彼女から聞きだした事は、
「アーケイン大学に出入りするためには、ブルーマだけではなく、ほかの町に存在する魔術師ギルド全ての長の推薦が必要となる」ということだった。
やれやれ。
話がうますぎると思ったが、しかし、それなりの収穫はあった。
少なくとも、推薦状の一片は手に入れたわけだし、なんといっても、「透明化」だ!
確実に魔法で透明化ができるということが分かったのは、大きな収穫だ。
ほかの「トラブル」を探しながら、魔術の研究をするとしよう。
さて、その前に腹ごしらえだ。