また冒険者としての依頼だ。
監獄を抜け出してからというもの、ほとんどこちらがメインになっている気がする。
有り金を奪われたという女からだ。どうも、今回も盗賊がらみのようだが・・・。
-アルノラ-
アルラインからアイレイドの秘宝を受け取り、オラブ・タップの主人とオンガーの3人で一晩中語り明かし、丸一日ゆっくりした後、俺はアルノラ・オーリアの家に向かった。
アルノラは、自分の家の地下で人型相手に雷撃魔法をブッ放しまくっていた。
かける言葉が見当たらず、唖然とする俺に向かって振り向き、開口一番
「何よ貴方!私の機嫌が悪いのを見て判らない!?用件があるなら早くしてちょうだい!」と怒りだした。
こういう女には逆らわない方が身のためだ。
町で噂をきいて、何かできる事はないかと聞きに来たんだ。と言うと、彼女はしばし俺を値踏みした後、椅子を勧めた。
「貴方のような人を待っていたのよ。可哀そうな身の上話を聞いて、手を差し伸べてくる優しい冒険者さん。」
と、いやらしく笑う。詳しい話はこうだ。
「私がアイツ、ジョランダーに金を持ち逃げされたのは本当よ。でも、その金は町で噂されているように、もともと私のお金ではなくて、帝都とこの町を行き来している豪商のものだったのだけれど。」
つまり、ジョランダーとアルノラは二人組の盗賊だったらしい。
この女の話では、ジョランダーに脅されて仕方なく犯罪の片棒を担ぎ、その途中ジョランダーは警備兵を殺してしまったという。
が、女の態度と身のこなしを見る限りでは、この女は自主的に盗賊の業を磨き、その恩恵を喜んで受けていたようだ。
「そして仕事の最中に彼は警備兵を殺してしまったの。その後彼は捕まり、私は彼と隠した金を取りにいったのに、そこには無かったのよ。きっとジョランダーが別の場所に隠したに決まっているんだわ。畜生!」
俺の仕事は、なんとかして牢獄にいるジョランダーとつなぎをとり、金の隠し場所を探り出してくることらしい。
やれやれ。同じ盗賊がらみでも、この前のアルラインとブレイドンとは大違いだ。
-ジョランダー-
ブルーマ城の牢番に金を握らせ、ジョランダーに会いに行ってみたが無駄足だった。
アルノラの名前を出した途端に、彼は激昂した。
「あのあばずれめ。俺を騙して牢獄に入れるだけじゃ飽き足らず、汚らしい冒険者まで咥えこんで、俺を笑い物にしようって魂胆か。帰りな!娑婆の人間に、話す事は何もないね!」
「ほう。じゃあ俺も同じ処に入っていたと言えば話を聞いてくれるのか?」と、俺。
「ふん!口ではどうとでもいえるぜ。そうさな、本当にお前が俺の今いるこの房に入ってくる度胸のある奴なら、少しくらいは口を聞いてやってもいいがな!」
その日の夜、俺はジョランダーと同じ監房に入った。
盗品商のオンガーと宿屋オラブ・タップの主人(名前はそのままオラブというらしい。)に、飲みに来た非番の衛兵の前でひと芝居打ってもらったのだ。
酔っぱらったオンガーに散々俺を罵倒してもらい(本当に芝居なのか疑いたくなるような辛辣な言葉もあった)、しまいには殴りかかってきたオンガーを止めた主人を押しのけて、こっちからあべこべに殴ったのだ。(一発だけだが、かなり本気で殴ってやった)。
そこでオンガーに大騒ぎしてもらい、オラブ・タップを出てすぐの門にいる衛兵に訴えてもらった。
そこでめでたくお縄となったのだが、一部始終を見ていた非番とオラブの証言のおかげで、情状酌量の余地ありと判断され、正式な裁判を省略してもらった。つまり「一晩だけの外泊」で済むというわけだ。
「へへ。あんた本当にブチ込まれたんだな。気に入ったぜ。アルノラの本性を教えてやろう。」
ジョランダーの話では、豪商を襲った時、落ち合い先として選んだ場所に彼女は来ず、現れたのはブルーマの衛兵だったということだ。
「だが俺は先手を打っておいたんだ。捕まる前に、二人で隠したお宝を元の場所から移したんだよ!そしてその場所は薄汚い看守どもには教えねえ。ましてや、あわよくば金を横領しようと企むティレリアスとかいう汚職看守にはな。」
「だが、アンタが俺の頼みを聞いてくれるなら・・・頼みというのはつまり、アルノラを二度とふざけた真似のできない世界にお送りすることだがな。あの女が後生大事に首につけているアミュレットを持ってきてくれよ。そうすれば金のありかを教えてやってもいいんだぜ。」
次の日の朝、俺は数日ぶりの監獄の空気に別れを告げ、アルノラの家へ向かった。
-ティレリアス-
アルノラに包み隠さず報告すると、アルノラは俺にカギを渡した。
「あなた牢獄に入ってきたの?大したものね。貴方なら私の新しいパートナーにふさわしいわ。そこの宝箱に入っているアミュレットをジョランダーに見せてきて。別に私を殺さなくても、カネの在りかは教えてもらえるわ。彼に私の安否はわからないんだから。まったく。昔からあの男は間が抜けてるのよね。」
女はこれだから怖い。アルレインのような女がいるかと思えば、アルノラのような女もいるのだから。
ともあれ、今回の仕事は楽に済みそうだ。
話を聞く限りでは、どちらかというとジョランダーに同情してしまうが、この女は下手に敵に回すと厄介な気がした。
ジョランダーにアルノラのアミュレットを見せると、彼は狂気した。
「ハレルヤ!よくやってくれた!これであの女はもう二度と、あの癇に障るニヤニヤ笑いを浮かべる事が出来なくなったわけだ!金のありかを教えてやるぜ。娑婆の兄弟。そして消えな!俺はネズミのクソを数えるので忙しいんでな!」
と、屈折した喜びと羨望、そして嫉妬を織り交ぜて、金のありかを教えてくれた。ブルーマ北門の大きな岩のたもとにあるという。
アルノラの家に行くと、カギがかかっていて留守のようだ。一刻も早く金を掘り出して見たかったので、先に行くことにしよう。
だが、北門の大きな岩といっても沢山ある。どこの岩のたもとに埋まっているのか見当もつかない。
一度アルノラの家に戻ろうかと思案していると、比較的大きめな、特徴ある形をした岩のふもとに掘り返した後を見つけた。
・・・少し掘ってみると、みつけた。箱だ。
箱を開けようとした途端、北門の方から誰かが近づいてくる。アルノラか、と思ったが、彼女は俺がここにいることを知らないはずだ。
影はブルーマの警備兵だった。その男はティレリアスと名乗り、箱の中身をよこせという。
ティレリアス。たしかジョランダーが言っていた汚職看守だ。
ティレリアスは、「たったいまアルノラを殺してきた」といった。本当だとすれば、当然俺も殺す気だろう。
冗談じゃない。監獄から出たばかりで、正式に訓練を受けた警備兵(しかも俺より若い)に勝てるわけがない。
だが北門の門番は姿が見えない。ティレリアスが遠ざけたのか。
つまりここには俺とティレリアスだけ。やるしかなさそうだ。
-因果応報-
このままでは危ない。
先日来からの冒険で手に入れた金でやっと手に入れた武器をリュックに括りっぱなしで、今身につけているのは、土を掘るために使う、夜盗から奪った手斧である。
そしてティレリアスは正式に訓練を受けた警備兵だ。打ち込んでくる剣の一筋一筋がこちらの急所を狙っている。
辛うじて受け流しながら応戦するが、ロングソードと手斧ではリーチが違いすぎる。
それをヤツも知っていて、絶対に近寄りすぎてはこない。かといって、離れてもくれないので、こちらとしてはリュックの武器を手に取る事も出来ない。考えてる暇はない。こうなれば最後の手段だ。
「うわああああああ助けてくれええええ!!」
ありっったけの大声で叫ぶ。
とはいっても、北門からは少々離れている上に、門番はティレリアスが遠ざけているので誰にも聞こえない・・のだが、案の定ティレリアスは動転した。当たり前だ、俺でも動転する。
人間だれしも、「やっても無駄」とはっきりしている事はやらないと決めてかかっているものだ。
だからこそ、それは盲点となる。
ティレリアスが動転した瞬間に、俺は後ろを向いて走り出す。
ヤツがあわてて剣を振るう直前、俺はリュックの担ぎ紐から右腕を抜き出しつつ、その勢いで体を右周りに反転させ、ティレリアスに向き直る。
と、同時に、左腕を思い切り体の前に持ってくる。
ティレリアスの振るった剣と、俺の右腕から自由になったリュックが、左腕の前に吹っ飛んでくるのは同時だった。
俺のリュックはヤツの剣で盾に引き裂かれ、中に入っていた薬品や食料が宙に舞う。そして、真一文字に宙に舞ったものがある。
寒気のロングソード。
刀剣にルーン文字を刻みこみ、切り付けた敵に冷気属性の追撃をするエンチャントソードだ。
ティレリアスの剣は辛うじてはじかれ、俺のリュックは地面に落ちぼろ布と化した。
だが、これで対等だ。
再びヤツと対峙するが、同等以上の武器を持っていても、構えを見ただけで奴の方が腕は上だとわかる。
天賦の極術を駆使し、盗賊座の加護を活用しても、一筋縄ではいかなそうだ。
が、不思議とティレリアスの剣筋がよく見える。
そういえば、力の差があるにも関わらず、圧倒的に不利な間合いの手斧で最初の猛攻を防げたのはなぜか。
しなやかさの魔除けよ。汝の仕えるべき主人を、忠誠ではなく友情で守りたまえ。
頭の中に声が聞こえたような気がした。
そうか。秘宝だ。アルラインが譲ってくれたアイレイドの秘宝。
「友情」のアミュレット、しなやかさの魔除けだ。
アイレイドの秘宝の中には、贈る者と贈られる者の絆によって、秘宝自身が使用者の必要とする特性を発揮するものがあると聞いたことがある。このアミュレットこそ、その秘宝の一つに違いない。
腕は相手の方が上でも、速さでこちらが上回っていれば後の先をとる事もあながち不可能ではない。
ここが勝負所だ。心を落ち着け、盗賊座の加護を祈る。
腕の違いがあるのに、一向に有効的なダメージを与えれない事にいらだったティレリアスが、上段から大振りしてきたその瞬間を狙って、俺は膝のバネをためながら、小さく沈む。
俺の体を追って袈裟がけにしてきたティレリアスの剣を、寒気のロングソードを構え自分の頭上、やや左で受ける。
縮めた膝を伸ばすと同時に、剣を受けた腕に力を込め、思い切り跳ね返す。
大振りで体制の崩れた状態だったティレリアスの剣は握りも甘く、回転して遠くの地面に刺さる。
ティレリアスは自分の置かれている状況が信じられないという顔をしたが、そのまま倒れ、倒れ終わった頃には、その顔には寒気のロングソードによって凍りついていた。
監獄を抜け出してからというもの、ほとんどこちらがメインになっている気がする。
有り金を奪われたという女からだ。どうも、今回も盗賊がらみのようだが・・・。
-アルノラ-
アルラインからアイレイドの秘宝を受け取り、オラブ・タップの主人とオンガーの3人で一晩中語り明かし、丸一日ゆっくりした後、俺はアルノラ・オーリアの家に向かった。
アルノラは、自分の家の地下で人型相手に雷撃魔法をブッ放しまくっていた。
かける言葉が見当たらず、唖然とする俺に向かって振り向き、開口一番
「何よ貴方!私の機嫌が悪いのを見て判らない!?用件があるなら早くしてちょうだい!」と怒りだした。
こういう女には逆らわない方が身のためだ。
町で噂をきいて、何かできる事はないかと聞きに来たんだ。と言うと、彼女はしばし俺を値踏みした後、椅子を勧めた。
「貴方のような人を待っていたのよ。可哀そうな身の上話を聞いて、手を差し伸べてくる優しい冒険者さん。」
と、いやらしく笑う。詳しい話はこうだ。
「私がアイツ、ジョランダーに金を持ち逃げされたのは本当よ。でも、その金は町で噂されているように、もともと私のお金ではなくて、帝都とこの町を行き来している豪商のものだったのだけれど。」
つまり、ジョランダーとアルノラは二人組の盗賊だったらしい。
この女の話では、ジョランダーに脅されて仕方なく犯罪の片棒を担ぎ、その途中ジョランダーは警備兵を殺してしまったという。
が、女の態度と身のこなしを見る限りでは、この女は自主的に盗賊の業を磨き、その恩恵を喜んで受けていたようだ。
「そして仕事の最中に彼は警備兵を殺してしまったの。その後彼は捕まり、私は彼と隠した金を取りにいったのに、そこには無かったのよ。きっとジョランダーが別の場所に隠したに決まっているんだわ。畜生!」
俺の仕事は、なんとかして牢獄にいるジョランダーとつなぎをとり、金の隠し場所を探り出してくることらしい。
やれやれ。同じ盗賊がらみでも、この前のアルラインとブレイドンとは大違いだ。
-ジョランダー-
ブルーマ城の牢番に金を握らせ、ジョランダーに会いに行ってみたが無駄足だった。
アルノラの名前を出した途端に、彼は激昂した。
「あのあばずれめ。俺を騙して牢獄に入れるだけじゃ飽き足らず、汚らしい冒険者まで咥えこんで、俺を笑い物にしようって魂胆か。帰りな!娑婆の人間に、話す事は何もないね!」
「ほう。じゃあ俺も同じ処に入っていたと言えば話を聞いてくれるのか?」と、俺。
「ふん!口ではどうとでもいえるぜ。そうさな、本当にお前が俺の今いるこの房に入ってくる度胸のある奴なら、少しくらいは口を聞いてやってもいいがな!」
その日の夜、俺はジョランダーと同じ監房に入った。
盗品商のオンガーと宿屋オラブ・タップの主人(名前はそのままオラブというらしい。)に、飲みに来た非番の衛兵の前でひと芝居打ってもらったのだ。
酔っぱらったオンガーに散々俺を罵倒してもらい(本当に芝居なのか疑いたくなるような辛辣な言葉もあった)、しまいには殴りかかってきたオンガーを止めた主人を押しのけて、こっちからあべこべに殴ったのだ。(一発だけだが、かなり本気で殴ってやった)。
そこでオンガーに大騒ぎしてもらい、オラブ・タップを出てすぐの門にいる衛兵に訴えてもらった。
そこでめでたくお縄となったのだが、一部始終を見ていた非番とオラブの証言のおかげで、情状酌量の余地ありと判断され、正式な裁判を省略してもらった。つまり「一晩だけの外泊」で済むというわけだ。
「へへ。あんた本当にブチ込まれたんだな。気に入ったぜ。アルノラの本性を教えてやろう。」
ジョランダーの話では、豪商を襲った時、落ち合い先として選んだ場所に彼女は来ず、現れたのはブルーマの衛兵だったということだ。
「だが俺は先手を打っておいたんだ。捕まる前に、二人で隠したお宝を元の場所から移したんだよ!そしてその場所は薄汚い看守どもには教えねえ。ましてや、あわよくば金を横領しようと企むティレリアスとかいう汚職看守にはな。」
「だが、アンタが俺の頼みを聞いてくれるなら・・・頼みというのはつまり、アルノラを二度とふざけた真似のできない世界にお送りすることだがな。あの女が後生大事に首につけているアミュレットを持ってきてくれよ。そうすれば金のありかを教えてやってもいいんだぜ。」
次の日の朝、俺は数日ぶりの監獄の空気に別れを告げ、アルノラの家へ向かった。
-ティレリアス-
アルノラに包み隠さず報告すると、アルノラは俺にカギを渡した。
「あなた牢獄に入ってきたの?大したものね。貴方なら私の新しいパートナーにふさわしいわ。そこの宝箱に入っているアミュレットをジョランダーに見せてきて。別に私を殺さなくても、カネの在りかは教えてもらえるわ。彼に私の安否はわからないんだから。まったく。昔からあの男は間が抜けてるのよね。」
女はこれだから怖い。アルレインのような女がいるかと思えば、アルノラのような女もいるのだから。
ともあれ、今回の仕事は楽に済みそうだ。
話を聞く限りでは、どちらかというとジョランダーに同情してしまうが、この女は下手に敵に回すと厄介な気がした。
ジョランダーにアルノラのアミュレットを見せると、彼は狂気した。
「ハレルヤ!よくやってくれた!これであの女はもう二度と、あの癇に障るニヤニヤ笑いを浮かべる事が出来なくなったわけだ!金のありかを教えてやるぜ。娑婆の兄弟。そして消えな!俺はネズミのクソを数えるので忙しいんでな!」
と、屈折した喜びと羨望、そして嫉妬を織り交ぜて、金のありかを教えてくれた。ブルーマ北門の大きな岩のたもとにあるという。
アルノラの家に行くと、カギがかかっていて留守のようだ。一刻も早く金を掘り出して見たかったので、先に行くことにしよう。
だが、北門の大きな岩といっても沢山ある。どこの岩のたもとに埋まっているのか見当もつかない。
一度アルノラの家に戻ろうかと思案していると、比較的大きめな、特徴ある形をした岩のふもとに掘り返した後を見つけた。
・・・少し掘ってみると、みつけた。箱だ。
箱を開けようとした途端、北門の方から誰かが近づいてくる。アルノラか、と思ったが、彼女は俺がここにいることを知らないはずだ。
影はブルーマの警備兵だった。その男はティレリアスと名乗り、箱の中身をよこせという。
ティレリアス。たしかジョランダーが言っていた汚職看守だ。
ティレリアスは、「たったいまアルノラを殺してきた」といった。本当だとすれば、当然俺も殺す気だろう。
冗談じゃない。監獄から出たばかりで、正式に訓練を受けた警備兵(しかも俺より若い)に勝てるわけがない。
だが北門の門番は姿が見えない。ティレリアスが遠ざけたのか。
つまりここには俺とティレリアスだけ。やるしかなさそうだ。
-因果応報-
このままでは危ない。
先日来からの冒険で手に入れた金でやっと手に入れた武器をリュックに括りっぱなしで、今身につけているのは、土を掘るために使う、夜盗から奪った手斧である。
そしてティレリアスは正式に訓練を受けた警備兵だ。打ち込んでくる剣の一筋一筋がこちらの急所を狙っている。
辛うじて受け流しながら応戦するが、ロングソードと手斧ではリーチが違いすぎる。
それをヤツも知っていて、絶対に近寄りすぎてはこない。かといって、離れてもくれないので、こちらとしてはリュックの武器を手に取る事も出来ない。考えてる暇はない。こうなれば最後の手段だ。
「うわああああああ助けてくれええええ!!」
ありっったけの大声で叫ぶ。
とはいっても、北門からは少々離れている上に、門番はティレリアスが遠ざけているので誰にも聞こえない・・のだが、案の定ティレリアスは動転した。当たり前だ、俺でも動転する。
人間だれしも、「やっても無駄」とはっきりしている事はやらないと決めてかかっているものだ。
だからこそ、それは盲点となる。
ティレリアスが動転した瞬間に、俺は後ろを向いて走り出す。
ヤツがあわてて剣を振るう直前、俺はリュックの担ぎ紐から右腕を抜き出しつつ、その勢いで体を右周りに反転させ、ティレリアスに向き直る。
と、同時に、左腕を思い切り体の前に持ってくる。
ティレリアスの振るった剣と、俺の右腕から自由になったリュックが、左腕の前に吹っ飛んでくるのは同時だった。
俺のリュックはヤツの剣で盾に引き裂かれ、中に入っていた薬品や食料が宙に舞う。そして、真一文字に宙に舞ったものがある。
寒気のロングソード。
刀剣にルーン文字を刻みこみ、切り付けた敵に冷気属性の追撃をするエンチャントソードだ。
ティレリアスの剣は辛うじてはじかれ、俺のリュックは地面に落ちぼろ布と化した。
だが、これで対等だ。
再びヤツと対峙するが、同等以上の武器を持っていても、構えを見ただけで奴の方が腕は上だとわかる。
天賦の極術を駆使し、盗賊座の加護を活用しても、一筋縄ではいかなそうだ。
が、不思議とティレリアスの剣筋がよく見える。
そういえば、力の差があるにも関わらず、圧倒的に不利な間合いの手斧で最初の猛攻を防げたのはなぜか。
しなやかさの魔除けよ。汝の仕えるべき主人を、忠誠ではなく友情で守りたまえ。
頭の中に声が聞こえたような気がした。
そうか。秘宝だ。アルラインが譲ってくれたアイレイドの秘宝。
「友情」のアミュレット、しなやかさの魔除けだ。
アイレイドの秘宝の中には、贈る者と贈られる者の絆によって、秘宝自身が使用者の必要とする特性を発揮するものがあると聞いたことがある。このアミュレットこそ、その秘宝の一つに違いない。
腕は相手の方が上でも、速さでこちらが上回っていれば後の先をとる事もあながち不可能ではない。
ここが勝負所だ。心を落ち着け、盗賊座の加護を祈る。
腕の違いがあるのに、一向に有効的なダメージを与えれない事にいらだったティレリアスが、上段から大振りしてきたその瞬間を狙って、俺は膝のバネをためながら、小さく沈む。
俺の体を追って袈裟がけにしてきたティレリアスの剣を、寒気のロングソードを構え自分の頭上、やや左で受ける。
縮めた膝を伸ばすと同時に、剣を受けた腕に力を込め、思い切り跳ね返す。
大振りで体制の崩れた状態だったティレリアスの剣は握りも甘く、回転して遠くの地面に刺さる。
ティレリアスは自分の置かれている状況が信じられないという顔をしたが、そのまま倒れ、倒れ終わった頃には、その顔には寒気のロングソードによって凍りついていた。