魔術師ギルドでの一仕事を終え、盗品商のオンガーと入った宿屋オラブ・タップは、この話題で持ち切りだった。
結果的に仕事を請け負う事になったが、盗賊としての自分の身の上を考えさせられる出来事になってしまった。
俺はこの事件を生涯忘れないだろう。



-吸血鬼ハンター-

吸血鬼とは、夜に生きるアンデッドとして非常に有名なモンスターの一種だ。
一日の労働から解放され、飲み・食べ・騒ぐ人々の合間に存在し、時には上級官僚や貴族の社交界にまぎれ込む。
そうしておいて、吸血鬼ゆえの類稀なる容貌を武器に、若者や処女をたぶらかし、生き血を吸う。
吸血鬼の呪われた体は日光を浴びると大きなダメージを追うため、昼は日の当らない隠れ家で眠り、夜を待つ。
その寿命は無限。
モンスターといえども、その存在にあこがれ・追い求める者もいるという、とこしえの夜の眷族だ。



話によると この町のブレイドン・リリアンという男が吸血鬼であったらしい。
たまたまこの町に訪れた吸血鬼ハンターのレイニル・ドララスが、その吸血鬼ブレイドンを、ブレイドンの妻(!)の留守中に退治したということだ。
警備隊がブレイドン宅を調べると、確かに地下室から誰かの死体が発見されたとか。
人々の証言では、確かにブレイドンは夜にしかその姿を見せなかった。つまりこれこそブレイドンが吸血鬼である証拠だということだ。

しかし、その話を聞いていた宿屋オラブ・タップの主人は首を振り

「そんなこたぁねえ。俺ぁブレイドンが昼間に出歩いていたのを知ってるぜ。ヤツがウチに酒を買いに来たんだよ。あの日は、丁度この辺には珍しく山風も穏やかでな。いい天気なのに昼間から酒かい、なんて話をしたからな。よく覚えてる。」

「でもよ、おやっさん、やっこさんがまだ吸血鬼じゃない頃じゃないのかい?」
とオンガーがいう。
吸血鬼になるには、自らが吸血鬼になる誓いを立て、それを導く吸血鬼本人から噛まれるか、吸血症の菌をもつ魔物(それこそ主に吸血鬼である)から感染し、発病するという二種類の方法があるらしい。

そこに、この宿に部屋を取っている「吸血鬼ハンター」レイニル・ドララスが入ってきた。
話はそこで打ち切りとなったが、オンガーやほかの客は、ダークエルフの吸血鬼ハンターに羨望のまなざしを向けるのだった。
ただ一人、宿屋の主人の疑わしそうな目を除いては。



-未亡人アルライン-

殺されたブレイドンの家には、未亡人となった彼の妻、アルラインと、ブルーマ警備隊のカリウス・ルネリアスがいた。
そしてベッドの上には、今だ葬られていないこの家の主人・ブレイドンの姿。
カリウス・ルネリアスは聡明な人物で、俺が今回の事件に疑問を抱いている事を知ると「警備上の問題が起きない限り」自由に調べていいということだ。

アルラインに話を聞いてみたところ、確かにブレイドンは昼間出歩くことはめったになく、この町にきてしばらくしてから、夜の仕事に出ていたらしい。だが、どんな仕事をしていたのかはわからず、ほかの誰も、彼の仕事については知らなかった。
彼女は、地下室から掘り出された死体は第三者が夫を陥れるために埋めたと考えているようだ。
当然、その第三者はレイニルということになる。そして、アルラインはレイニルを以前どこかで見たことがあると語った。


だが、警備隊のカリウスは「アルラインの言う事は考えにくい」と否定した。
夜間の仕事の事もそうだが、地下室の死体の事もある。
レイニルを「思い出せないが見たことがある」程度では彼に対する疑惑にすらならない。
これらを覆すには何らかの証拠が必要だろう。
確かに、夫を失って半狂乱になった妻のヒステリーと考えるのも無理はない。
警備隊も町の住人に聞き込みを行っているが、まだ始まったばかりで、今のところレイニルを疑う事実は出てこないとのことだ。


「夫を喪った女のたわごとと思っておいででしょうね、無理もないわ。
でもあの人は、若い頃こそ悪い仲間とフラフラしていたようですけど、私と一緒になってからは毎週の安息日ごとに必ず家にお金を入れてくれました。私にもそれは優しくしてくれましたわ。彼が吸血鬼だったはずがないの。どうか無実の罪を晴らしてください。お願いします。」

必死の顔でこう訴えるアルラインに再来を約束し、主人を喪った家を辞した。



-再びオラブ・タップ-

ブレイドン宅で得た情報をもって、オラブ・タップの主人に再び話を聞きに言った。
ここで意外な事実が発覚する。

「あぁ、ブレイドンの仕事かい。警備隊にもさっきも言わなかったが、ヤツは盗賊だったんだよ。
それも、盗賊ギルドに所属していない一匹オオカミのな。やつは、夜中に酔っ払いから稼いでたのさ。
ウチの店でヤツが仕事をしなかったのは、ご存じのとおり盗賊ギルドの盗品商オンガーがいるからだ。ここよりは、北にある宿屋、ジェラール・ビューの上等な客のほうが稼ぎやすいしな。」

「そもそものきっかけはこうだ。ウチは町の連中の家に食品も卸しててな。
ブレイドンがここに来て間もないころに、ヤツの家の払いが滞った事があってよ。ウチに来て、何か仕事はないかというもんでな・・・。
俺ぁヤツが昔何かヤバイ事をしてたってのは見て判ってた。だからオンガーの話をして、盗賊ギルドに紹介しようとしたんだよ。それで知ったんだがな。結果的にヤツは以前自分がしてた仕事に戻ったというわけだ。」


なるほど。ギルドに所属していないから、オンガーも彼が盗賊だとは気付かなかったというわけか。
そして彼は夜ごとジェラール・ビューで小銭を稼ぎながら機会をうかがい、安息日の前の日あたりには、一仕事終えた冒険者や旅の商人から自分の稼ぎをせしめていた。だから安息日に家に金を入れていたのだ。
つまり、夜中の仕事も、昼間に主人が目撃した事も真実ということだ。
地下室から出てきた死体の問題もあるが・・・・
逆に考えれば、彼が仕事に出ている間、盗賊の技に長けた何者かがアルラインの寝ている隙を見計らって運びこんだ可能性も考えられる。よし。ここはブレイドンを疑ってみよう。

「親父さん、ものは相談だがね、レイニルの部屋をみせてはもらえないだろうか。どうもブレイドンは無実だと思えて来たんでね。もちろん、いくばくかの礼はさせてもらうよ。」

「いやぁ、そんな事言わないでくれよ。旅の人。」
主人はあわててカウンターの下に潜り込みながら、申し訳なさそうな声を出す。
・・・やはり駄目か。
だが、なんとかレイニルの周辺を調べなくては。



-そして、一つの真実-

ほかの手段を考えながら宿の主人に礼を言う。
「わかった。いろいろ教えてくれてありがとう。何か気付いたことがあれば、また教えてほしい。」といって席を立つ。壁に掛けてあるマントを纏いかけたとき、呼び止められる。

「おっと、お客さん勘違いしないでくれ。」

・・・どういうことだろう。

「さっきのは、礼なんて要らないってことさ。レイニルの部屋を調べたいんだろう?
俺ぁアンタがそう言ってくれるのを期待してたんだよ、、、、っと、あったあった。ほらよ。ヤツの部屋のカギだ。二階に上がって突き当りの部屋だぜ。
やっこさんが帰ってきたら、なんとかここで食い止めておくからよ。じっくり調べてくれ。」


レイニルの部屋に入ると、すぐに決定的な手掛かりが見つかった。ゲレボーンいう人物の日記である。
日記には、ゲレボーン、レイニル、ブレイドンの三人が、過去にアイレイドと呼ばれるエルフの遺跡を盗掘していた事が克明に描かれていた。
それによると、アイレイドの遺跡で見つけた秘宝を宝箱に入れ、三人それぞれが箱にカギをかけたらしい。
ゲレボーンという人物は知らないが、レイニルとブレイドンにつながりがあったという事は、どこかでアルラインにも会った事が会ったのかもしれない。
今までの状況から判断すると、秘宝目当てにレイニルがブレイドンを殺し、そのあとで吸血鬼の濡れ衣を着せたのは確実のようだ。警備隊のカリウスのところに急ごう。アルラインの家にいるはずだ。



-ボリアルストーン洞穴-

足元にはダークエルフの死体が横たわっている。
自称「吸血鬼ハンター」レイニル・ドララスの死体だ。
想像通り、彼はブレイドンの過去の仲間だった。そして日記の持ち主であるゲレボーンも。



カリウスは日記を読み終わるとこういった。
「ゲレボーンというのは、スキングラードで殺された男の名だ。吸血鬼の疑いをかけられてね。
あちらの警備隊から連絡が来ている。そしてゲレボーンを殺した男の名はレイニル。あの「吸血鬼ハンター」だ。
だからこそ我々も、最初から彼を疑う事はしなかったんだ。なんてこった。」

「先ほど私のところに伝令が届いたんだ。いやなに。君が来てから、私も彼に監視をつけていたのだがね。
レイニルはブルーマを出てしまったそうだ。なんとか止められれば良かったのだが、それはできなかった。ボリアルストーン洞穴の方角に向かったらしい。だが我々は動けない。大きく動くと、きっと彼に勘づかれてしまうだろうから。」


彼を止める事を約束し、ボリアルストーン洞窟に着くやいなや、レイニルを見つける。
自らが窮地に立った事を知ったレイニルは、彼の前に立ちはだかる障碍、つまり俺に襲いかかってきた。
ダークエルフだけあって、強力な焔と氷の魔法に苦戦したが、同じ盗賊としては俺のほうが一枚上手だったらしい。奴が鍾乳石に阻まれた一瞬の隙をつく事が出来た。
今や「吸血鬼ハンター」は、自分の胸に「クイ」を打たれて絶命している。

欲に狂って同志を裏切った哀れな死体から、三つのカギを探り出し、宝箱の三重のロックを開けると、中から出てきたのは何の変哲もないアミュレットだった。これが秘宝とは思えないが、それ以外にめぼしい物はない。ブルーマに帰るとしよう。





-友情-

アルラインのところに戻ると、彼女は涙を流しながら話してくれた。

彼女がレイニルを見たことがあったのは、彼女が初めてブレイドンと会った時だった。
ブレイドンは、レイニルとゲレボーンの事を「互いに似たような身の上で、今は同じ道を歩く同志」と紹介したらしい。
その頃アルラインは帝都に住んでおり、ブレイドン達は帝都を中心に、遺跡や洞窟の探検をしていたようだ。
(オラブ・タップでの話しから想像すると、おそらくアルラインの知らないところでは、行商人などからの強盗も生業の一つだったろう。)

日記に書かれているアイレイドの遺跡の盗掘のあと、三人は秘宝以外の宝を山分けし、一時解散した。
ゲレボーンはスキングラードに向かい、ブレイドンはアルラインと一緒にブルーマで暮らし始めた。
秘宝はボリアルストーン洞穴に隠し、その値打ちが判明した時に、しかるべき方法で山分けする約束を交わして。
だが、ブレイドンは仲間(おそらくはレイニルだろう)の事を信じていないかった。アミュレットに特別な魔法をかけ、その性質を変化させたのだ。
そして秘宝と特別な魔法の存在だけをアルラインに話した。
自らが仲間と行った過去の罪悪や、今の仕事の事はひた隠しにしてだ。



・・・俺も一人の盗賊として彼の気持ちはよくわかる。
愛する女ができたときに、その女に罪を告白し、自分の汚れた手を赦してもらえるか。その不安。
いや、彼は自分が救いようのない人間だと知っていたからこそ、彼女に余計な苦しみを与えたく無かったのかもしれない。たとえ、それが逃げだとしても。
徒党を組んでいても一匹狼でも、盗賊にとって最初に、そして最後にも、素直になれるのは己だけなのだ。
その孤独ゆえ、彼は自分の罪をアルラインにも知られることを拒んだ。
おそらくは苦しみながら。



彼女は、アミュレットの真の力を解放するために合言葉が必要であり、それは自分が知っていると話した。
そして、アミュレットは俺に持っていてほしい。とも。
ブレイドンの事を思い、無言でいる俺を見つめて、彼女は言った。

「ウィリアムさん。本当にありがとう。レイニルを殺してくれて感謝していますわ。
ひどい事を言う女だとお思いでしょう。だけど許してちょうだい」

「それだけ彼を愛していたの・・たとえ彼が、あなたと同じ盗賊であっても。」

・・・知っていたのか。
ブレイドンが秘していた事、いや、それどころか俺の素性すらも、この女性は見通していた。
同胞も、同志も、愛する人にすらも完全に心を許せない人間の事を、この人はわかった上で赦していた。
俺は涙を堪えながらアミュレットを渡す。

「あの人もあなたも同じ。やっている事は悪い事でも、心は誰より人間らしさを求めているのよ。
さ、これがあの人がこのアミュレットにかけた合言葉よ。」


そして彼女がアミュレットを握り囁いた言葉は、ブラザーフッド。
「友情」だった。