
高知の朝。今日も快晴のようだ。西鉄ホテルの南側。

こちらはホテル北側の帯屋町の景色。

ホテルの朝食。郷土料理は全く入ってはいないが、味はどれも良かった。

朝のはりまや橋。この辺りは整備されていて、とても散歩していて気持ちが良い。

帯屋町商店街。10時前だったので、まだお店の人が開店前準備をしていた。

ひろめ市場は既にスタートしていて、明神丸は満員だった。

高知城へ向かって歩く通りは緑が豊かで本当に綺麗だった。今日は土曜日だが、明日になれば日曜市が開かれる。

高知城で暫くの間森林浴を楽しんだ。

山内一豊公像。

高知を出発して、高速道路を使い、瀬戸大橋を通過した。

与島PAから瀬戸大橋を撮影。やっぱりこの橋はかなり大きい。PA内は観光客でごった返していた。

倉敷に立ち寄る前にランチをとることにした。お店は「えびめしや」という名前で、岡山名物のえびめしが美味しいとのことだ。

こちらが名物えびめし。隣のポークカツはハンバーグとかメンチカツとか選べる。えびめしは初めての味だったが、とても美味しかった。洋食屋のメニューとして、オリジナリティがあっておもしろいと思う。

倉敷の美観地区にやって来た。

昔ながらの景観を守ってる地区らしく、映画村のセットの中を歩いている感じだった。

ナマコ壁。確か、下田でも同じような景色を見たことがあった。

倉敷市内から少し移動して、高松城跡にきた。高松城の水攻めで歴史的に有名な場所で、僕はずっとこの高松城主の清水宗治公のことが気になっていて、どうしてもこの場所は見ておきたかった。

水攻めのイメージ図。水に取り囲まれた高松城から小舟に乗って秀吉の前に現れる清水宗治公が描かれている。

こちらは清水宗治公の「首塚」。元々は首実検をした黒田官兵衛陣の近く、山の上にあったそうなのだが、ここへ移設したとのこと。

清水宗治公の辞世の句。
「浮世をば 今こそ渡れ 武士(もののふ)の 名を高松の 苔に残して」
秀吉の高松城水攻めで城兵の命と引き換えに、また恩義のある毛利家に報いるため自刃した清水宗治の辞世の句。
水上に舟を漕ぎ出し、そして切腹の前にひとさし舞ったのち潔く腹を切り、介錯人に首を刎ねられた宗治の生きざまは、僕の人生観に強烈に影響を与えた気がする。だからこそ、高松城跡に来て、清水宗治公に敬意を表したかった。

高松最上稲荷の鳥居。この鳥居は近年造られたものだが、とても目立つ大きな鳥居だった。

高松城水攻築堤跡として残されている「蛙が鼻築堤跡」。ここから、西北西に位置する足守川上流まで約3㎞の堤防を、わずか12日間で築いたと伝えられている。堤防の内側は約200haの人造湖となり、外側には部隊を布陣させ、城を逆封鎖してしまったのだ。

堤の高さを示したポール。近所の犬がカメラが好きなのか、僕が撮る位置に立とうとしてきた。かわいい犬だった。

高松城近辺の夕方の様子。なんとも言えない綺麗な景色だ。清水宗治や黒田勘兵衛もここからこの景色を見ていたかもしれないと思うと、不思議な感覚になってくる。

岡山市内に到着したのは19時を過ぎていたと思う。ホテル近くの博多ラーメンのお店で夕食をとることにした。

お店は「博多とんこつばり岡山駅店」という名前だった。味は岡山だけどちゃんと博多ラーメンになっていて、普通に美味しかったと思う。