
宇和島グランドホテル朝食会場。椅子の感じ等かなりレトロな雰囲気が漂っている。給仕の女性も相当年輩の方で恐らく近所のオカンがバイトできているのだろう。白いエプロン姿が一層のオカン度を高めていた。でも、宿泊客も少なくガヤガヤしていなくて、とても落ち着いて食事ができた。

至ってシンプルなメニューだが、全体的に何故か美味い。家庭的な味のする内容だった。色々工夫を凝らしたメニューも良いが、結局は、こういうのが一番良いのかもしれない。

チェックアウト後、宇和島市内観光に出掛けた。車はホテルに預けて、徒歩でまわることにした。街自体が小さいので、徒歩で十分まわれそうだ。歴史散歩道のせいか、ガードレールが木製だった。

宇和島城が見えてた。お城も街のサイズに合わせて何処となく小さ目だ。のどかな景色だ。

散策途中にあった木屋旅館。明治44年創業で、後藤新平、犬養毅、司馬遼太郎らが宿泊したらしい。明治時代の旅籠の面影が残る木造2階建で、平成7年に一度廃業したが、平成24年に新しい滞在型の観光名所として再生されることになったとのこと。

大村益次郎旧宅に到着。看板しか残ってない。画像の奥に見えるのは普通の一般宅だった。大村益次郎のことは多分関係ないのだろう。シーボルトの娘のイネはここから数十mの距離にある川沿いの三角地帯に住んでいたという。司馬先生ならずとも、両者の間に何かがあったのではないかと疑いたくなる距離である。

こちらは松根図書邸跡。松根図書は、宇和島藩の家老として伊達宗城を補佐し大政奉還などに尽力した。小説では、大村益次郎こと村田蔵六のよき理解者だったようだ。

宇和島城登城口に到着。

登り道は画像のように全体的に手があまり入っていなく、自然のままの状態に近かった。趣があって非常に良い感じだ。

天主に到着。近くで見てもやっぱりこじんまりしてる。入場料は1人200円。

天主最上階より見た海側の景色。幕末、村田蔵六と前原巧山は、自分達は実際に見たこともないのに、藩主から蒸気船を作るように命じられて見事に完成させた。その伊達藩主の宗城を乗せて画像中央の九島のあたりをテスト走行し、藩主が大喜びしたらしいが、そんな景色を思い浮かべると、何だか今よりもずっと素晴らしい時代だったのではと思えてくる。

こちらは城の北東方面。駅や商店街があって、所謂、街の中心地だ。

城を降りた後、昼食はまたまたほづみ亭に行くことにした。昨夜の鯛飯に加えて、もう一つ是非食べてみたいメニューがあったからだ。

ランチメニュー。左上の2品を注文した。

こちらは、昨夜も食べた鯛飯定食。ランチは煮物が付いてくる。鯛飯は昼食べてもやっぱり美味い。

こちらが是非食べてみたかった「さつま飯」。「さつま」と呼ばれるものをご飯にかけて食べるのでさつま飯と呼ばれている。「さつま」とは 鯛や白身魚をいったん焼いて身をほぐし、麦味噌と冷たい魚のだし汁を入れてよくすり混ぜ、ご飯にかけていただくもので、薬味には胡瓜の薄切りや葱の細切りが使われていた。味は非常にコクがあり 旨みがギュッと凝縮されているように感じられ、魚の良い香りだけが生かされた感じだった。要するに、メチャメチャ美味かった!!今までに食べたことのない味で、あまりの美味さに相当驚いてしまった。

大満足の昼食後、高速で高松まで移動し、本日の宿の高松東急インにチェックインした。東急インは全国どこでも一定のレベルが維持されたホテルチェーンなので安心して泊まれる。

夕食は前回丸亀で行けなかった「骨付鳥 一鶴」高松店へ行った。今回も予約TEL入れたら予約席は満員ですと言われ、まだ18時前だったが慌ててお店へ急行した。

一鶴の骨付鳥には「おやどり」と「ひなどり」の2種類があり、通は歯応えのある「おやどり」を好むようだ。相方は「美味い!美味い!」と言いながら綺麗に食べつくしていた。綺麗に食べてもらえて、鳥も本望だったに違いない。

こちらは「ひなどり」。僕的にはこちらのほうが美味かった。いずれにしても、さすが全国チェーン展開しているだけあって、美味さは相当レベルが高かった。横浜にもあるので、また行ってみたい。