
高松東急インで朝食後、まずは栗林公園へ行った。この公園は、日本に関する旅行ガイド「ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン」では「わざわざ旅行する価値がある」を意味する三つ星に格付けされるなど、日本を代表する大名庭園として国内外から高い評価を得ている有名な公園だ。

国内の庭園をあちこち見比べたわけではないので庭園の善し悪しについて偉そうなことは言えないが、全体的にやや冒頓感のする庭園だと思った。例えば金沢の兼六園はポイントポイントに華やかな趣向が施されていて、全体的に雅びた印象を受けたことを思い出した。まあ、でも外国人はこういうのが好きなのだろう。

栗林公園の次は玉藻公園(高松城跡)へ行った。入場料は1人200円。

高松城は天守がなく石垣も最近復元したばかりだそうだ。高松市民は天守の復元自体も希望しているとのことだ。

こちらは水手御門。江戸時代はこの石垣の北側まで海だったらしい。今は駐車場ができてしまって、浅い堀に見えるが、当時は完全に海に接したお城だったことがわかる。画像右中央に出口が見える。ここから船を出して、瀬戸内海へ出て行ったそうだ。

続いて屋島方面へ移動した。屋島は高松城から車で30分くらい移動した。半島の頂上に観光スポットがあり、そこへ行くには屋島ドライブウェイを通る必要がある。有料道路で、普通車は往復610円。

途中には源平合戦の古戦場跡を見ることができる。源義経はこの屋島に陣をしいていた平氏を背後から奇襲し、慌てた平氏は船で海に逃れ海辺の源氏と対峙することになったらしい。

山頂の駐車場に車を停めて、屋島寺に向かう途中に、平家物語の那須与一の説明看板があったので面白く読んだ。
夕暮れになったころ、沖から立派に飾った一艘の小舟が近づいて来た。見ると美しく着飾った女性が、日の丸を描いた扇を竿の先端につけて立っている。「この扇を弓で射落としてみよ」という挑戦だったらしい。義経は、弓の名手の那須与一を呼び寄せ「あの扇を射て」と命じて、与一は見事に射切った。扇は空に舞い上がったのち春風に一もみ二もみもまれて、さっと海に散り落ちた。紅色の扇は夕日のように輝いて白波の上に漂い、浮き沈みする。沖の平氏も陸の源氏も、これには等しく感動した。
この文章を読んで、昔はやっぱり今より色んな意味で優雅だったような気がする。人間の一つ一つの所作にストーリーを含ませて芸術的な色彩を帯びさせようとしているようだ。

屋島寺に到着した。画像は本堂だが、隣に屋島太三郎狸が祀ってある。四国の狸の総大将として有名な狸だ。屋島太三郎狸は一夫一婦の契りが固く、家庭円満、縁結び、商売の神様として信者が多いそうだ。

展望台から見た高松市内。画像中央やや上に見える高層ビルは高松シンボルタワーの「サンポート高松」。展望だが2008年2月に終了していたことを知らずに、前夜、相方と探し回って結局見つけることが出来なかった。

夕方に淡路島経由で横浜へ戻った。途中、淡路島の室津PAから撮った瀬戸内海の夕焼け。非常に綺麗だった。与一が射落とした紅色の扇が夕日のように輝いて白波の上に漂った際もこんな感じだったのかもしれない。素晴らしい光景だ。
今回で四国旅行は3度目になったが、まだまだ行ってみたい場所がある。四国は本当に魅力的な場所だと今回も感じる旅行だった。