金沢旅行201106(2日目) | willfreemanのブログ

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no man is an island


百峰閣の朝食はバイキング形式ではなく、画像の通り種類も平均的なものではあったが、一つ一つの味付けが良いので、この朝食も大変満足のいくものだった。


旅館をチェックアウトし、片山津ICから高速に乗り、金沢西ICで降りて金沢市内へ入った。車は金沢駅西側にある@パーク50という駐車場にとめた。ETCだと24時間600円というかなりお得な値段設定だ。



愛車のミニクーパーSと折りたたみ自転車のWACHSEN。どちらも白黒カラーで、統一感のある組み合わせだ。



こちらは金沢駅正面。見るからに建築費がかかるようなデザインだ。駅は人間が乗り降りできれば機能的にはOKかもしれないが、その街の玄関だとするならば、これくらい豪華にするのも、もしかしたらお金の無駄遣いではないのかもしれないと思うくらい、立派な光景だった。



こちらは内部から撮影したもの。まるでタイのスワンナプーム国際空港みたいな作りだ。



最初に金沢城公園に立ち寄った。天守閣はないが、随分広い敷地が使われていて、ちょっと他の城にはないある意味迫力のある光景だった。



本日のメインの兼六園に到着。金沢城公園の隣にある。国の特別名勝に指定されていて、岡山市の後楽園と水戸市の偕楽園と並んで、日本三名園の一つに数えられているらしい。今日はラッキーなことに兼六園が無料開放の日になっていた。通常なら大人300円なのだが、嬉しいサービスだ。



桂の木。入り口最初のあたりにある。



霞ヶ池とそれを渡る石橋を琴に見立てて徽軫(ことじ)をなぞらえた徽軫灯籠(ことじとうろう)。兼六園を代表する景観だ。偶然にも白鷺のような鳥が池の畔に建っていた。全然動かないので、最初は置物かと思ったくらいだ。



園内から見える金沢市街。これはひがし茶屋街の方向だ。



雁行橋(がんこうばし)。並べられた11枚の石が、雁(かり)の列が飛んでいく様に見えることから名付けられた。ただし、石の保護のために通行が禁止されている。



雁行橋を流れる川に加賀友禅が流されていた。粋な演出だ。



根上りの松(ねあがりのまつ)。40本以上の根が土から盛り上がったように見える松。約2メートル地上部分にせり出している。13代藩主斉泰が植えたと言われる。松の根は地表近くに成長するという性質を用いて育てている。



曲水(きょくすい)。兼六園には約570メートルの曲水がいたるところに張り巡らされている。この水は犀川の上流から引いてある辰巳用水を伝ってきている。ことじ灯籠の前や花見橋付近などにはカキツバタ植えられており、ちょうど見頃に訪れたみたいだ。



翠滝(みどりたき)。瓢箪(ひょうたん)の形をした瓢池(ひさごいけ)池に流れ落ちる滝。シャッター速度の落とし方を忘れてしまい、あんまり水の流れを綺麗に撮ることが出来なかった。



噴水(ふんすい)。日本で最初にできたと言われる噴水。霞ヶ池からの水圧だけで約3.5メートル上がっている。文久元(1861)年に13代藩主斉泰が、金沢城内の二の丸に水を引くために試作させたと言われる。という説明を聞かない限りは、よく公園にある水飲み場程度の感じなので、素通りしてしまいそうだ。



昼食は近江町市場にある「もりもり寿し」へ行った。金沢で一番有名な回転寿司だということで期待も大きい。丁度、お昼時間もあって20分くらい待つことになった。



左から、金沢名物のガス海老、のどぐろ、大トロ。のどぐろはかなり美味い。他のメニューも良かった。が、目の前で握っていた店員がややお調子者で愛想は良いが、注文をすぐに忘れるのが気になった。あと、お客様だけに金粉をのせましたとかネタをもりもりにしておきましたとか嘘をつくのが良くなかった。総合点としては70点~80点。



食事の後は、ひがし茶屋街を見ることにした。百万石通からひがし茶屋街に入る手前に浅野川が流れていて、その浅野川沿いに「主計町」という茶屋街がある。



ちょうど京都の先斗町を思い出されるような街並みが川沿いに続いていて、とても情緒がある。当初の予定にはなかったが、ちょっと寄り道して観ることにした。



こちらは中の橋から撮った主計町の町並みと浅野川。この橋は歩行者専用の木造橋で、夜はライトアップがされるらしい。非常に文化の深さを感じられる街だと思った。



ひがし茶屋街は自転車での通行は難しいので近くに自転車を止めて観光することにした。画像は自転車を止めたところから撮った梅ノ橋。ほとんど京都の鴨川沿いとだと言ってもいいくらい似ている。久し振りに京都も行きたい気分になった。



ひがし茶屋街は京都の祇園と肩を並べる金沢最大の花街だったらしい。



江戸時代、このあたりは金沢城下から越中を結ぶ北国街道の下口として人や物資が行き交い賑やかだったようで、加賀藩が町人達の風俗を取り締まり、武家社会の治安を保つことを目的に、文政三年三月、地域を限った茶屋町を正式に認めたことが始まりのようだ。今は、カフェや土産物屋ばかりだが、街並みは相当風情がある。



通りにある「箔座ひかり蔵」というお店に入ると、奥に「黄金の蔵」というのがあるので何だろうと思って見てみたら、贅沢極まりない蔵が建っている。



なんと壁が全部金箔で塗られているのだ。金箔の蔵と聞くだけだと、何となく品のないイメージもあるが、これは一見の価値はある。やっぱり金の迫力は凄い。



蔵内はポツンといすが1つ置いてあるだけなのだが、それがまたアートな感じがする。



ひがし茶屋街を出る頃にとうとう雨が降り始めた。天気予報で午後に一雨あるということだったが、雨の予報はいつも必ず当たるものだ。香林坊の辺りで結構降りが強くなってきたので、喫茶店に入って雨宿りをした。適当に入ったのだが、後でガイドブックを見たら、カフェド・フロールというお店で載っていた。珈琲はやや薄めだった。



長町は、香林坊の裏道あたりにあり、江戸時代の武家屋敷の様子が残る武家屋敷が並んでいる。加賀藩の中級・下級武士が当時は住んでいたらしい。



少し、萩を思わせる街並みが続く。



ポツポツと古い建物があるのではなく、この辺り一帯がすべて武家屋敷風になっているので、かなり完成度の高い景観が出来上がっている。



旧加賀藩士高田家跡。無料なので展示物はほとんどない。



金沢を走っていて思ったのが、街のあちこちに小さな川が流れているということだ。しかも水流は結構早く、冷たそうな水がどんどん流れている。高知や萩でもそういう場所があったが、街を流れる小川は何となく風情を感じさせられる。



18時くらいに金沢を出発し家に帰ることにした。途中の有磯海SAで夕食をとった。


富山名物ブラックラーメン。魚介出汁ベースの醤油ラーメンだが、味は普通。



富山名物ますのすし。笹の葉に包まれているのだが、こちらは結構美味かった。



金沢を旅行してみて改めて歴史のある街の奥深さを感じさせらたような気がする。人が住めるかどうかだけの観点ならば、多分どの街も合格点になるだろう。だが、この街に住んでみたいと思わせる街はそれほど国内でも多くはない。金沢という街は訪れる人のほとんどがこの街に住んでみたいと思うだろう。簡単な言葉で表現するなら、城下町の整然とした趣と京都のような茶屋文化が根付いた華やいだ趣と、それに加えて近代的な文化にもしっかりとキャッチアップしている街とでも言えるだろうか。とにかく、観光で観るのも良いが、恐らくこの街に住んでみてその本当の良さを感じることができるような場所だと思った。画像のように今回は途中雨にも見舞われたが、雨もそれはそれで良しと思えた。自然をそのまま受け入れ自然に同化して生活するのが、古来の日本の生活スタイルだったと何かで読んだことがあるが、この街を観てそれが少し分かったような気がした。