名無しのリスの話(14)
「キャンディなのかい!!」
名無しのリスは叫びました。
でも、近寄ってきたリスはキャンディではなく、彼女のママだったのです。
「メープルさん。
今日はキャンディと一緒じゃぁないのです。
その節は娘が大変お世話になりました。
あの時は、きちんとお礼も出来ず申し訳ありませんでした。」
キャンディのママは丁寧に頭を下げました。
「いえ、僕は人見知りが激しいんです。
あの時は僕の方から、勝手にあの場所を離れてしまったのですから、
あなた方が悪い訳ではありません。
僕の方こそ、失礼をして申し訳ありませんでした。」
名無しのリスも申し訳なさそうに頭を下げました。
「そうですか…。
娘から、今まで大変苦労してこられたのだろうとの話は伺っておりました。」
こんな田舎の森に、特別な用があるとは思えません。
きっと、自分に会いに来たのだと名無しのリスは思いました。
キャンディのママはどうして、自分に会いにきたのだろうか、不思議に思いました。
(つづく)
名無しのリスの話(13)
それから、名無しのリスは、どうしようもなく淋しくなった時には、
あの場所に行って、キャンディの事を偲ぶようになりました。
それから長い長い冬が通り過ぎました。
お陽様が少し高い天まで昇る様になって、それまで身を切る様な凍った北風から、
徐々に南の方角から、暖かく優しいそよ風に変わってきました。
この森に、待ちに待った春がやってきたのです。
深く積もった雪の絨毯が、陽なたの方から、少しづつ溶け始めて、
にわか仕立ての小川があちらこちらに筋を作っています。
雪解けが済んで、山吹色の地肌を見せ始めた地表からは、
晩秋から長い眠りについていた、虫たちが一斉に地面の上に顔を出し始めました。
森中の草花も、色とりどりの蕾が今にもはちきれんばからに膨らんでいます。
きっと今に彼らも、華麗なその姿を森中の虫たちに晒して、
蜂や虻たちがその上で、楽しそうにダンスを踊る事でしょう…。
今日も、名無しのリスは急に一人が辛くなって、
キャンディとの思い出の場所で、物思いに耽っていました。
誰も彼の邪魔をする者はいません。
彼の周りには、実にゆっくりとした時間が流れていました。
ある時、小道の上に幾重にも重なった、枯葉を踏みしめる足音が聞こえました。
名無しのリスは辺りを見回しました。
「あなたは…!!
メープルさんですやね?」
遠くの方で、名無しのリスを呼ぶ、叫び声が聞こえました。
その声の主の足音は、自分の方に向かって、どんどん近付いて来ました。
(つづく)
名無しのリスの話(12)
メープルは再び、元の名無しのリスへ戻りました。
彼の周りにある音は、秋が深まると共に激しく木々を揺らす風の音と、
時々聞こえる渡り鳥のさえずる声だけのいつもの世界でした。
また、前と同じひとりぼっちの生活です。
キャンディと出会う以前なら、歌を歌ったり、
木の幹を這う虫の姿を眺めていれば淋しく感じたりしなかったのに、
今は何をしても、何を見ても埋める事の出来ない、
心の中心に大きな穴が開いてしまった様な、
虚しさが名無しのリスを切なくさせていました。
気が付いたら、彼は、キャンディと初めて会った、林の方に来ていました。
『キャンディ…。
君は今、元気に優しい両親に囲まれて暮らしているんだろうか?
僕はひとりぼっちで平気だと思っていたけど、
実はそうじゃない事に気付かされたよ。
キャンディ、君の事が忘れられないんだ。
君の事を想うと涙が溢れてくる…。
もう一度、もう一度だけでいいから、キャンディに会いたい!』
名無しのリスは淋しさの余り、一筋の涙を流しました。
でも、きっとこんな所で、彼女が姿を再び現すことはないでしょう…。
名無しのリスのすすり泣く声は、それからしばらく森中に、
悲しく響き渡ったのでした。
(つづく)