先週の土曜日、小学生を対象とした塾内模試が実施された。実施後すぐの方が子供たちの意識の変化を促しやすいので、さっそく今週は木曜日・金曜日に算数の授業のある小学6・5年生たちに振り返りを行うことにした。


小6に関しては受験した17名のうち15名は前回もしくは入塾テストよりも点数を上げてきたので、内容的な振り返りを中心に授業を行った。一方、小5に関しては練習してきた事柄が中々上手く答案に発揮できずみんな点数を下げてきた。


上手くいかず点数の下がった時こそ解説するのがセオリーかとも思ったが、学習意欲も高く素直なこのメンバーには別の対応がいいかと思い、同じ問題をもう一部渡し改めてひとつひとつ問題を解き直してくる課題を出した。



ただ、生徒の1人が「教えてくれないの?」というリアクションをしたので、少し説明をした。



以下、冨田がした話。

「テストをやりっぱなしにしておく事が良くないとわかっていて立派だね。でも今回の出来は、キミたちの実力からしたら先生的にはちょっと腑に落ちない結果だったんだ。


結果だけを気にするのではなく、『修正』をすることの大事さを知っている君たちだからこそ、自分の状態を「振り返り」を使って知って欲しいんだよ。


君たち子どもが成長・発達するっていうのは、新しい事を知ってそれを使える知恵や道具にすること。おとなの成長や発達というのは、見えている視点を変えることや、状況を別の観点で捉える事ができるようになる事。


どちらも上手くいかない時は『修正』をして、「こうじゃないか」って思ったことを反復して自分のものにしていく必要がある。


理想的なのはそれをする上で会得した事が意識しなくても「あたり前」にできるようになる事なんだけど、表面上は出来るようになっていても結果習得に至らない、習慣化されないことがある。


それはどんな時かって言えば、外からのプレッシャーによって「とにかくやれ!」っていう強制や圧力によって出来るようになった場合。こういう場合はその指導者や先生、上司がいなくなったら、あっという間に出来なくなる。


だから『修正』には本人が軸となって主体的に考える方が成果につながりやすいし、継続して情報が保持されるんだよ。」



「小学生に難しい話をしているなー」とお思いかも知れないが、もちろんもうちょっと具体的に噛み砕いて話をしたので(出来ていたはずなので)、子どもたちは案外この事に納得して、みんな「自分でやってみるね!」となって帰っていった。


途中、パワハラ・脳みそ・シナプス・ニューロン・ドーパミン(月曜の国語の授業でも扱ったらしい)・覚醒剤・特攻隊など色々な方面に飛んだのもある意味良かったのかもしれない。



指導をする側とされる側にとって、互いの納得感や期待感が担保されることで、普通ならちょっと面倒でイヤな『修正と反復』という行為が楽しくなる。さらに、結果として失敗しても次の『修正』に移ることができる。


あとそこに追加するなら、エスコートしてくれる大人たちの数を増やすことは大事。少し閉塞感がある時には、打破する一手となりうる。


ウィルはいつでも自習に来られる環境があって様々な大人(講師)と接点を持つことができる。ただ授業での様子や結果を注視されている状況に勝るものはないのも事実。科目数が1つの生徒と2つの生徒では情報量が圧倒的に違う。


「とにかくやればいい」ではなく楽しい・面白いの演出に力を注ぐのも親の役目かもしれない。


では