ブラウン・シュガー
自分は生産して 誰かに消費されることを望んでいるのか
ただの ボランティアのような 精神ではないのだろうけど
自分の 家が だんだんと 自分の やりたいことの スペースとなる
でも そこで僕は 蒲団をかぶって 寝るわけにはいかない
昔から秘密基地のような空間が好き
どこの子供も そういう 特別な ところが好きなんだろうけど
川の堤防のテトラポットの上
庭のすみの木の根元
非常階段の踊り場
夜中のコインランドリー
自分のほっとする場所は 常に人がいなくて
何かしらの 音が迎えてくれる場所
その意味で 確かに キッチン は自分の 居場所だろう
自分自身を生産して 誰かに望まれて 独りでいて 音を紡ぐ
誰かに望まれれば そこにずっと居続けるのだろうか
例えそうだとしても 自分を独りにすることで
また自分をその流れに 戻すことができるのだろうか
夜中に出し抜けに考える自分は
何を望んで 何を拒絶しようとしているのか
本当に 小さい器の自分は
本当に 小さい物しか必要としていないのか
その意味で
村上春樹の主人公に
シンパシーを覚えるのだろうか
特に好きというわけでもない小説の中で
中身のない自分を
通り抜けていく物を
自分が少し望んでしまうのはなぜなんでしょう
すべては宝箱の中に
五月二日
ずっと寝られずに過ごした
多分 本当に 疲れてるんだろうなぁ
自分で 言葉にしてしまえば
こんなに軽い一言なんてないのだろうけど
自分自身で どうしても答えが見つからなくて
誰かに 命令された方がよっぽど楽だ
本当に朝になってから 洗濯物の散らかるベッドではなく
固くなった ソファの上で ほんの二時間ほど寝た
多分 自分は本当につまらない人間なんだろうなぁ
自分の知っていることは 本当に少なくて
興味をもてることなんて さらに少なくて
いままで何億の人々の中に 受け継がれてきたもののに
埋もれて潰されてしまうものなんだろう
起きたらちょうど九時だった
イチゲンがあるからこそ起きたけれど
本当に 起きてそこにいくことが不思議だった
ただ 自転車をこいで 信号で止まって エレベーターで昇って
授業を受けてきた
同じことを繰り返しているのかもしれないけれど
それが難しいと 人はいうけれど
最近では どうしようもない自分を
突き落としてしまいたいのです
そんな時には 本当に誰にも会わずに
すべての連絡手段を 断ってしまう
SNSも退会して すべてを閉ざして
空想の中に逃げ込んでいく
その衝動が こうやって ものを書くということになるんだろうか
昔から嫌いだった読書感想文とは違って
誰にも 知られない 独り言のように
つらつらと物を書くのは
言葉にして 満足して
ここに不安とか 寂しいこととかを
封印しておくことなんだろうか
あしおと
また1日が始まる
少し肌寒くて、でも電車のベンチはあったかくて
駅に止まるたんびにそのくすぐられる感じと
眠たかっためが少しさえるのも心地いい
ビルとか木の枝の輪郭もだんだん、だんだん濃くなって
蛍光灯とか信号とかの光も気にならなくなる
人はもちろん歩いてって、駅や家にすいこまれる
この時期はいい
もちろん ここよりも北の人にとっては
まだまだきびしい時なんだろうけど
沈丁花が咲いていったり、梅の花のぽっとしたのを感じると
すごく新鮮 何かが膨らんでいってその間からもれていく感じ
くだらないことの中でも
つまらないことの中でも
こういうことで気分が良くなれる感性に
少し感謝する