東所沢教室の責任者、浅見のブログです。

先輩たちが、後輩たちのために集まってくれる。


卒業した塾のために、こんなにも思ってくれる。


そして、教え子たちが大学生になると、先生として戻ってきたいと言ってくれる。

「そんな塾、ないよ。」

これまでたくさんの人たちに言われてきました。


私もそう思います。



でも一方で、世の中にはこんな風に思う人もいることでしょう。


「学生が教えているから頼りない。」


確かに、この仕事には経験に勝るものはない部分が多分にあります。


でも、経験ではカバーできないこともまた、多分にあります。


経験がもっとも大切だとするなら、年齢が上であるほど、いい先生であるはずでしょう?


私が小学生の頃からずっと教えてきた教え子のことを、もしも頼りないと思われるのなら、それはもう価値観の相違としか言いようがありません。


身近に自らのモデルがあるかないかで、生き方は変わります。それが中学生であれば尚のこと。


もし自分が中学生の頃に出会っていたら、身近なモデルとして描いたであろう人たちです。


こんなに素晴らしい大学生に、中学生から出会う機会があること、その価値を私は確信しています。


みんな、誰かの為に惜しみなく力を注いでくれる、自慢の教え子たち。


こんな人になってもらいたいと思う、中学生たちのモデルになって欲しいと思う先輩たち。


いつもいつもありがとう。

卒業生たちが今年の100問テストをいつやるのか、ブログやHPを確認してくれてるって聞きました。

 

ごめんね、いつやるのかを公開してなくて。

 

突然ですが26年目の100問テストは、明日の22時頃に合格発表予定です。

 

もし良かったらほんの数分でいいので顔を見せに来てくださいね。

 

待ってるよ!

 

 

主体性を育む上で、暇は重要です。

 

暇は、自分の心の内を探索するよう仕向けさせる、重要なファクターだからです。  

 

逆に暇ではない状態、忙しい状態は、自分の心の内を探索するどころか、今目の前のタスクを消化することに精一杯になります。これは主体的とは真逆の状態でしょう。

 

主体性とは、


① 他からの指示や影響に依存せず、自分の意志や判断に基づいて行動する。 


② 自ら考え、自らの目標を設定し、それに向かって積極的に行動する。


③ そして、その結果に責任を持つこと。不安や失敗をも受け入れることを含む。


とあります。

 

であるならば、人間はそもそも主体的であったはずです。

 

子どもは小さい頃、自らの好奇心や衝動の赴くまま、他者の言うことよりも自分の意思や判断を優先し、自ら考え、積極的に行動するじゃないですか。

 

子どもを公園に連れていき、見守っていれば、落ち着きなくずっと動き回って、目にするありとあらゆるものに興味を向け、触りますよね。


あれがいつの間にか無くなっていく・・・。


主体性は、親が、大人が、社会が押さえつけていったのかもしれません。

 

であるならば、押さえつけられているだけで、決して無くなったわけじゃない。

 

その重しを外すために、暇は不可欠だと思います。

 

 

さて、その暇を奪っている道具があります。何だと思いますか?

 

そうです。テレビの録画機能を持った機器(レコーダー)、またはタブレットやスマホです。

 

とりわけ、youtubeやSNSなどの威力は計り知れません。それこそ無限に、自分の興味がある新しいものが自動的に流れてくることで、子どもたちはただただ受動的に、時間を溶かしていきます。

 

自分で考え、自分で決断するために必要な知識や、そのための経験をする機会が奪われながら、気がついた時には、もう中学生、もう高校生、もう大人です。

 

怖いと思いませんか?

 

CMを見たことはほとんど無いという小学生(録画の場合、CMはボタン一つで飛ばせます)。


ニュースを見たことは一度も無いという中学生(おそらく自分の部屋にこもって、スマホ、タブレットに集中しているのでしょうか)。


本どころか、漫画すら読んだことがないという中学生(字は自分で取りに行かなければなりませんが、音や画像は取りに行かなくても与えてくれます)。

 

日本の総理大臣をトランプと言い、車の値段を1000万円と言い、野球やサッカーというスポーツを見たこともないと言い、大阪で万博が行われていることも、ロシアとウクライナ、イスラエルとパレスチナ、トランプ関税も、参院選も、すべて聞いたことも見たこともないと言う。

 

「あぁ、あれか!(意味はわからないけど耳にしたことはある)」とすらならない。

 

当たり前ですけど、知らないということは、考えたこともないわけです。これはもう主体性とか、そういう話の前の前の話です。

 

子どもたちは暇を嫌います。ブーブーうるさいです。でも放っておいたら諦めて、自分で何か探しますよ。それが主体性を育てることに繋がるんです。

 

何も特別なことはしなくてもいいんです。


主体性はそもそも備わっているものなんですから、育もうとしなくてもいい。押さえつけているものを外すだけでいい。


つまり、暇にさせること。たったこれだけで主体性は元に戻っていきます。