主体性を育む上で、暇は重要です。
暇は、自分の心の内を探索するよう仕向けさせる、重要なファクターだからです。
逆に暇ではない状態、忙しい状態は、自分の心の内を探索するどころか、今目の前のタスクを消化することに精一杯になります。これは主体的とは真逆の状態でしょう。
主体性とは、
① 他からの指示や影響に依存せず、自分の意志や判断に基づいて行動する。
② 自ら考え、自らの目標を設定し、それに向かって積極的に行動する。
③ そして、その結果に責任を持つこと。不安や失敗をも受け入れることを含む。
とあります。
であるならば、人間はそもそも主体的であったはずです。
子どもは小さい頃、自らの好奇心や衝動の赴くまま、他者の言うことよりも自分の意思や判断を優先し、自ら考え、積極的に行動するじゃないですか。
子どもを公園に連れていき、見守っていれば、落ち着きなくずっと動き回って、目にするありとあらゆるものに興味を向け、触りますよね。
あれがいつの間にか無くなっていく・・・。
主体性は、親が、大人が、社会が押さえつけていったのかもしれません。
であるならば、押さえつけられているだけで、決して無くなったわけじゃない。
その重しを外すために、暇は不可欠だと思います。
さて、その暇を奪っている道具があります。何だと思いますか?
そうです。テレビの録画機能を持った機器(レコーダー)、またはタブレットやスマホです。
とりわけ、youtubeやSNSなどの威力は計り知れません。それこそ無限に、自分の興味がある新しいものが自動的に流れてくることで、子どもたちはただただ受動的に、時間を溶かしていきます。
自分で考え、自分で決断するために必要な知識や、そのための経験をする機会が奪われながら、気がついた時には、もう中学生、もう高校生、もう大人です。
怖いと思いませんか?
CMを見たことはほとんど無いという小学生(録画の場合、CMはボタン一つで飛ばせます)。
ニュースを見たことは一度も無いという中学生(おそらく自分の部屋にこもって、スマホ、タブレットに集中しているのでしょうか)。
本どころか、漫画すら読んだことがないという中学生(字は自分で取りに行かなければなりませんが、音や画像は取りに行かなくても与えてくれます)。
日本の総理大臣をトランプと言い、車の値段を1000万円と言い、野球やサッカーというスポーツを見たこともないと言い、大阪で万博が行われていることも、ロシアとウクライナ、イスラエルとパレスチナ、トランプ関税も、参院選も、すべて聞いたことも見たこともないと言う。
「あぁ、あれか!(意味はわからないけど耳にしたことはある)」とすらならない。
当たり前ですけど、知らないということは、考えたこともないわけです。これはもう主体性とか、そういう話の前の前の話です。
子どもたちは暇を嫌います。ブーブーうるさいです。でも放っておいたら諦めて、自分で何か探しますよ。それが主体性を育てることに繋がるんです。
何も特別なことはしなくてもいいんです。
主体性はそもそも備わっているものなんですから、育もうとしなくてもいい。押さえつけているものを外すだけでいい。
つまり、暇にさせること。たったこれだけで主体性は元に戻っていきます。