とにもかくにもお疲れさまでした。

 

ここから発表までの一週間は、確実に合格したと思える生徒を除いて、「もっとこうしておけばよかった」と悔しさに歯ぎしりする時間にして欲しいです。

 

喉元過ぎれば熱さを忘れる、じゃないですが、合格したら解放されてしまいます。

 

人間、他人の経験から学べる人は「賢人」。

自分の経験からすら学べない人は「愚人」。

 

賢人にはなれなくても、愚人でありたくはないですよね。

 

だからこそ、大きく成長するにはこの一週間の過ごし方が大切です。

 

君たちには次がある。この先がある。

成功も大切だけど、成長の方がもっと大切。

 

せっかくの受験。せっかくの日々。最後まで大切にしましょう。

 

 

ちなみに、恒例のボーダーライン予想ですが、おそらく最難関校は例年通り。

 

所沢高校、川越南高校あたりは10点くらい下がるんじゃないでしょうか。

 

ただ、そう思う根拠は、今回は私の担当科目である英語と社会を見てだけのものですので、あんまり鵜呑みにしないでくださいね。

 

社会は、もしかするとほんの少〜しだけ例年より難しいかもしれないですけど、うちの生徒たちで85点を下回る生徒がほぼいませんでしたから、やっぱり例年どおりの簡単過ぎ問題だったのではないかと予想します。

 

一方で、学校選択英語、これは明暗くっきり分かれたのではないかと。ss70以上の生徒ならしっかりとれる反面、ss65未満の生徒になると差がつけられない、そんな問題だったかと予想します。

 

英語で稼ごうと思っていた生徒には厳しかったでしょう。逆に英語で借金をどれだけ少なくできるかと考えていた生徒には追い風でした。

 

まずリスニング(28点)と英作文(10点)が簡単でした。そのため30点以下の生徒はほぼいないでしょう。

一方で、長文2つ(28点と34点)がなかなか骨のある内容でした。きっと、28点の方でいつも以上に時間がかかってしまい、慌てて32点の長文に手を付けるも、内容が頭に入ってこずに終了、という生徒が多かったのではないでしょうか。合計で60点以上をとるのはなかなか難しかったと思います。

 

結果として、英語得意な生徒も苦手な生徒も、40点~60点の範囲内に密集してしまうような気がします。

 

 

それにしても埼玉県の上位20%だけが受験する学校選択問題(英語と数学のみ)。

 

東京の入試問題自校作成校(最難関校)のように、ただ英語ができるだけじゃ苦しくなってきているように感じます。

 

フィボナッチ数列、代替肉、ある物が生まれ広がった歴史的経緯、人工冬眠・・・

 

ほんのわずかでもいい、こういった知識を幅広く持ち合わせていないと、たとえ英文をしっかり訳せても、内容をつかむのに苦しんでしまい、時間内に解ききれなくなってしまいます。焦れば、引っ掛けの選択肢にやられてしまいますしね。

 

もはや学校の授業をしっかり聞いて、教科書レベルを丁寧に学んで、定期テストが100点近く取れていれば上位校だって大丈夫、という問題レベルではなくなっています。

 

 

 

 

 

 

埼玉県内142校の公立高校の内、私立よりも人気の高い高校は概ね県南に集中しています。

 

2024年「全日制普通科の入試応募倍率」ランキング

1位 市立浦和高校(1.75倍) 

2位 春日部高校 蕨高校(1.50倍) 

4位 市立川越高校(1.49倍) 

5位 川越高校 川口北高校(1.47倍) 

7位 和光国際高校(1.46倍)  

8位 所沢高校 浦和西高校(1.43倍)  

10位 越谷南高校(1.42倍)  

11位 大宮高校(1.41倍) 

12位 川越南高校 越ケ谷高校(1.39倍) 

15位 浦和高校(1.38倍)  

16位 浦和第一女子高校(1.37倍) 

19位 南稜高校(1.32倍) 

20位 川越女子高校 市立浦和南高校(1.30倍)

23位 川口市立高校(1.26倍)

26位 所沢西高校(1.25倍)

 

30位までの中で、所沢から通学圏内を絞ってみました。※太文字は学校選択問題採用校

 

1.40倍ということは、100人の定員の中に140人の受験生がいるということを表しています。つまり3人の友だちで受験したら統計上は1人不合格になってしまうというほどの高倍率。

 

定員割れとなってしまっている県立高校や私立高校がある中で、一際輝いています。

 

最近では、私立高校に入学した場合の学費負担軽減制度がかなり充実してきていますが、それでも人気が維持されている高校には、やはりそれだけの価値があるということなのでしょう。

 

ちょっとした言葉の使い方で、受け手が劇的に変わるということがあります。

 

送信者がその言葉に込めて伝えたいイメージと、受信者がその言葉に抱くイメージ、寸分違わずまったく同じということなどあり得ない。考えればわかることですが、でも、日常的に感じているかといえば・・・それは難しいですよね。

 

でも、ちょっと変えるだけで相手の行動が変わってくれるなら・・・。

 

かつて言葉を変えただけで、受け手の行動が変わった例としては、

 

勉強しないとできるようにならない。⇒ 練習しないと上手くならない。

反省しなさい。⇒ 何が問題だったのかを見つけて、どうしたら次はしないようになるのか考えなさい。

(計算問題で)見直ししなさい。⇒ どういうプロセスを踏んでそうなったのか、誰かに説明するように、頭の中で順を追って言葉にしてみなさい。

 

などがあります。ぜひ使ってみてください。

 

 

さて、今日一つ、いいアイデアが浮かびました。

 

在宅で仕事をしているとき、小学生、特に低学年だと話しかけてきたり、「お腹空いた」だの、「一緒に遊んで」だの、まあ落ち着いて仕事をさせてくれないじゃないですか。

 

「父さん、今仕事してるから、無理。」

 

どうしてもそんな風に強く言ってしまいがち。

 

でもそうすると、徐々に溝ってできちゃいますよね、きっと。せっかく声かけてくれているのに、切り捨ててばかりいたらそのうち声もかけてくれなくなるんじゃないでしょうか。怖い怖い。

 

それに、仕事というフレーズにもネガティブなイメージがついてしまうかもしれない。それは良くない。

 

そこで、こう変えるのはどうでしょう。

 

仕事 ⇒ 勉強

 

「父さん、今勉強してるから、無理なんだ。」

 

そう言って、なおかつ

 

「隣にきて一緒に勉強するか?」

 

 

大人も勉強しているという姿を見せることで、勉強って毎日するものなんだと教えることもできますし、勉強している人を邪魔しちゃいけないというモラルも教えられる。

 

明日から試してみようと思います。

 

今の時代、ネットが無かった時代に学生生活を過ごした私たち世代からしたら考えられないような、それこそ宝物のようなコンテンツが無料で手に入ります。

 

CMで見るような、たとえばスタディサプリとか、スマイルゼミとか、そんなオンライン学習サービスすら必要ありません。

 

たくさんの人がYoutubeでわかりやすい解説を無料でしてくれていますし、教科書の中のわからないことも、ネット検索すれば、これもまたものすごくわかりやすく解説されています。

 

参考書なんて、きっともう売れてないでしょうね。

 

それだけに「知っている」人の数たるや、我々世代から比べたら1000倍で効かないんじゃないでしょうか。

 

昔であれば情報は金、「知っている」だけかなり有利だったのに、今は「知っている」だけじゃあ差をつけられない。

 

じゃあどこで差がつく世の中なのかと言えば、「知っている」と「わかる」のその先にあるもの。

 

「できる」。

 

そして、

 

「している」。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただ、誰もが田中修治さんのように、「わかって」、そして「できる」ようになって、なおかつ、「し続けられる」わけではありません。いや、彼だって一人でできたわけではないのかもしれない。

 

そこに周りの人の影響は果てしなく大きいのではないでしょうか。

 

いわゆる名門校と呼ばれるところが持つ力。

 

経済でも、サッカーでも、その他あらゆる分野における「〇〇先進国」と言われる国が持つ力。

 

家庭、学校、交友関係など、どんな人たちに囲まれているかは、個人の先天的な資質に勝る。

 

「できる」まで応援してくれる人がどれだけそばにいるか。

 

「できる」を重ねることを応援してくれる人がどれだけそばにいるか。

 

やる気を起こしてくれる人、持続させてくれる人がどれだけいて、逆にやる気を削ぐ人、持続を阻む人がどれだけいないか。

 

 

人が織りなす力は個人の力量を凌駕する。


そしてその力は、若ければ若いほどに強く働き、個人の可能性を無限大に広げます。