南相馬市再生計画構想 私案
無位無官 wildfire
2011.6.13
復興構想会議、自治体ごとの復興委員会等から出るステートメントを見る限り、小ぢんまりとした提言や、曖昧な計画案になってしまっている印象を拭えない。
復興財源という問題が存在する以上、各々の身の丈にあった内容になることは理解できるが、被災地域に過度の負担を甘受させてしまう結果を招きいれる恐れを
抱かずにはいられない。
南相馬市に限ってみれば、東京電力福島第一原子力発電所(以下東電原発という)事故による放射性物質の大量放出によって、地震津波による災害からの復興と
いう観点だけでは考えることができない。もちろん他市町村においても同様の問題はあるが、縁のある南相馬市を中心に私案を提示してみたい。
先に理由を記しておく。
ま
ず一点目は、放射線障害による農畜産物、沿岸漁業を中心とした水産物に対する放射能の影響についてである。放出された全体量が公表どおりなのか判然としな
いこと、対象となる放射性物質の半減期とを考えると、短期的に解決できるとは思われない。地域として一次産業の放棄という厳しい選択肢も考慮に入れる必要
があると考える。
二点目に、放射能による健康被害、生物への影響に関する、明確な科学的説明が人類史上未だ示されていないこと。恣意的あるいは政策的に示されている基準値
などは存在しているが、本当にそれならば安全なのかどうか明らかとはいえない状況にあることは、福島県内の校庭の安全放射線量を一時的にでも
20mSv/Yとした基準を見ても容易に理解できるところである。発がん性に関して喫煙による害との比較論も散見されるが、嗜好的に放射線を浴びているわ
けではないことからも全くもって論外である上に、がんのみが放射能による健康被害ではない。
三点目は、震災以来現在までの放射線量の測定値および測定方法に、少なからぬ問題があるということ。新聞紙上等に毎日、県ごと、市町村ごとの放射線量が掲
載されているが、それはある一点で測定した結果にすぎず、被災地から離れた地方の紙上には毎日、「福島県 1.5μSv」などと当たり前のように示されて
いる。主に東電原発のベントや水素爆発によって一時的に大量に放射性物質が環境外部に放出されたのであるが、3ヶ月という時間、地上に降り積もったそれが
そのまま同じ場所に存在し続けているわけではない。雨風によってある場所には集積され、ある場所には微量しか残っていないという状態にある。従って、同じ
街の同じ地番であっても数メートル測定地点をずらすだけで数値が大きく変動する、そういう状態であることは想像の翼を広げるまでもなく明らかなことであ
る。
次いで、一次産業について考える。
福島県の浜通り地区の一次産業、稲作、畑作、畜産、沿岸漁業等については、これを放棄すべきであると提案する。
生産したものが売れるのかどうか、という視点は生産者としては必要であるが、消費者からは特段に考慮すべき問題ではない。放射能という目に見えない汚染が事実として存在する以上、それが果たして安全であるのか、そうではないのか、という判断が重要になってくる。
フクシマの一次産業を殺すのか、と言われれば、そうですと言うほかにはない。
風評被害、という言葉が独り歩きしていて、あたかも基準値内の放射性物質の含まれた農水産物が安全であるという印象を与えていることに強い違和感を覚える
のである。事故以前には極微量にしか検出されていなかったはずの放射性物質が、現時点で何倍もの数値として測定され、厚労省が俄かに策定した暫定基準値に
よって出荷規制等が行なわれている。この暫定基準値だが、基準値を僅かでも下回れば本当に安全といえるのかどうか。事故以前の数値に限りなく近いという値
ならば、問題なく安全と言っても良いかも知れない。低線量放射線による障害については未知の部分も多く、どこからが安全であるというしきい値は存在しな
い、との学説もある。
こういった状況の中で、風評被害、という言葉が問題の根っこから目を背けるのに一役買っているのではないかと思えるのである。
私見であるが、あくまでも3.11以降に幾ばくかの放射線量が検出された食品は東電原発事故による実被害であって、決して風評被害と言う便利な言葉でお茶
を濁してはならないのではないかと考えている。もしかしたら30年後にガン等を引き起こすかもしれない産物を、「安心です」と言って消費者に提供して良い
のだろうか。
一種のサンクションとして、この事態を招くのに一役買ったという意味で、責任のある大人たちが自主的にそれらの産物を摂取することは、道理としてはあると
も言えよう。しかし、それを単に安心という言葉で広範囲に提供することで、将来の二次被害、三次被害を引き起こすことにつながる恐れはないといえるのか。
安心と安全は同義語ではない。
生産者の立場では、売れるのかどうかに関心が集中するがこれは当然のことであると考えられる。売るために生産し、売るためにPRをする。厚労省による放射
能の暫定基準値を超えた生産物でさえ一時期は流通させようとした事実もあったが、目の前の生活を考えれば売らなければ生活資金に事欠く状況に陥っているこ
とをあわせ考えると、軽々に非難することは避けたい。ただしその場合には、これだけの放射能を含んだ生産物である、という表示をしたうえで販売する必要が
あったと考える。製品に対する説明を欠いて販売したのでは、消費者を欺くことになりかねない。売れるのかどうかという判断基準よりも、今回はより安全であ
るかどうか(安心ではなく)に重きを置くべきであろうと考える。安心をうたって販売した生産物が、将来、含まれていた放射能によって何らかの病気をもたら
すことが判明した場合、生産者は責任をとり得ないであろうし、それでは東電と同じやり口で商売をすることになる、と考えたとしたら行き過ぎだろうか。
放射能によって汚染された土地の綿密な測定と線引きは、今後を見通す上で必須である。より以上に安全サイドに立って農耕不適地域を早期に確定する必要がある。
そのうえで、当該土地を含めた再生エネルギー供給基地として利用可能な土地を、国によって買い上げまたは借り上げを行なうことが求められる。
再生構想
1 再生可能エネルギー基地特区構想
ここでは一次産業の放棄という観点も含めて、再生可能エネルギー基地として地域を再編していくことを提案する。
事実として放射能に汚染された土地が存在し、その汚染原因である放射性物質の完全な除去がかなわないのであれば、その地域での食糧生産は放棄すべきであ
る。低線量の放射能による障害についての明らかな所見が、世界的に見て示されているとはいえない状況であるからには、汚染地域のいかなる生産物であっても
安全をうたうことはできない。5年後は大丈夫でも、30年後に大丈夫だと宣言できない放射能汚染をうけた生産物を誰が責任を持って流通させられるのか。
何とか農業を再生させたい心情は理解できても、放射能汚染を全国に拡散するようなことは避けるべきではないのか、と考えるゆえである。
放射能汚染を受けた地域の土地(農地、居住地など)を国が適価で買い上げ、または借上げて一時的にでも土地所有者、地権者の利益を損ねないようにする。その場合の対象地は、放射能汚染の状況を的確に調査した上で策定されることとする。
当該土地の中で、再生可能エネルギーの生産拠点として利用可能な地域に、ギガソーラー発電などの電力供給設備を集中的に築き上げ、原子力発電に替わるエネ
ルギー生産基地を作る。常に最新の研究成果を反映できるように、国家プロジェクトとしても先進エネルギー研究所を地域内に設置し、この分野で世界をリード
できる体制を維持する。すなわち、世界で一番の技術力、研究力、構想力を持った地域を作り上げる。二番ではダメである。
2 姥捨て山特区構想 (ベテランズシティ)
南相馬市が平成22年に行なった市民意識調査によれば、高齢者福祉介護を含めた地域医療に対する要望度が高く示された。他には、地域経済の活性化、子育て教育関連などが要望としてあげられている。
放射線量率の高い地域には居住しない方針を示すことがより安全を目指す上では重要であるが、市内全域で居住禁止を行うことは理想ではあっても現実的とはい
えない。そこで、比較的放射線量の低い地域、鹿島区などを中心に、高齢者介護施設と高齢者医療施設を中心としたベテランズシティを建設する。超高齢化の町
を作ることで、日本全国からも入居者を集め、国内の先進高齢者医療介護地域として作り変える。
姥捨て山というと良い印象を抱けないかもしれないが、放射性物質の即時除去が不可能な限り、比較的放射能の影響が少ないと言われている高齢者を中心に住まう町として生まれ変わることが考えられる。
ただし、医療介護従事者やその周辺に必要な人材も多数発生するため、比較的低線量な地域をベテランズシティとする。
3 放射能汚染地域自治体による広域合併または自治体に順ずる地位での広域連合
東電原発所在町村をはじめ、一部の町村は自治体としての機能を既に失いつつある。土地を追われ、住民は散り散りになり、辛うじて役場の人的組織だけが残存
しているという状態にある。今まで歴史を築いてきた自治体のアイデンティティは尊重したいが、放射能という敵に占領されている状況下では、それもむなしい
ことではないかと思われる。占領された沖縄が日本に帰ってきたのは戦争終了後約27年かかっている。
既存の自治体ごとに対策を取れるという性質のものではないことは、明らかになってきていると思われる。広域合併を行なった上で、その中での有効な土地利用を模索して行くことが、将来的な展望に立った時に実現可能な施策が描けるのではないかと考えられる。
市町村合併という制度以外では、市町村広域連合の形で特区として連邦制のような自治権を持った集合体を作る方法も考えられる。その場合、国、県、広域連合、市町村(区)、という自治権に関する複雑化を招くことによる新たな問題も生ずる可能性があると言える。
基本的には、広域合併によって(仮に)磐前市を誕生させ、東電原発所在町だった場所は一部または全部に立ち入り規制を敷き、20km圏内とされた地域でも線量値が低い地域には再生可能エネルギー発電技術を投入する。
ベテランズシティの建設や医療機関や教育機関、研究機関等を線量値のごく低い地域に集約させて新規に町を作って行く、そんな発想も必要ではないかと考える。
4 放射線障害医療機関、放射線調査研究所、放射線除去特別研究所の設置
日本の放射線障害に関する調査は、広島、長崎への原爆による被曝(被爆)被害によるものが主で、チェルノブイルでの事故に関する積極的な調査は行なわれた
形跡がほとんどない。国際的な機関による公式資料に依存した、無検証な被曝被害の研究が行なわれてきたに過ぎないと行っても過言では無いように感じる。
フクシマでの事故によって、チェルノブイル以上の詳細な研究調査が可能になっているにも関わらず、放射線量値を測定するモニタリング地点一つをとってみて
も、全く不完全なままで時を経過させていると言えるであろう。当然のことながら被曝被害の実態についても、計画的組織的な調査すら行なわれておらず、多く
のホットスポット居住者が自分の積算被曝量を知らない実態がまかり通っている。
既に手遅れになっていることもあるやも知れないが、早急に福島県の浜通りに放射線障害医療機関、調査研究所、放射線除去に関する特別研究所の設置を行い、情報公開を前提とした活動を行なっていただきたい。
日本国内のみならず、海外からも優秀な頭脳を結集して、世界の英知をフクシマに集めていただきたいのである。
予定される研究機関の設置場所は、当然のことながら、上述した広域合併自治体の中であり、経産省からの分離独立を予定されている原子力安全保安院の支所もそこに存在することもまた当然であろう。
5 財源と過疎対策
今
回の震災と事故で大きな被害を受けた都道府県または市町村を除く地域を対象とした震災復興税制を敷き、財源の一助とする。被災地の多くは過疎化や高齢化が
進み、特に福島県の浜通りではその打開策としての企業誘致の果てに原子力発電所を招きいれた経緯もある。このような地域を除いた税制を実施することで、あ
る種の免税地区を設定し、経済的な保護を行なうと共に新たに企業等の誘致を行ないやすい環境を作り出せると考える。
法制度上の問題点も少なからず生じると考えられるが、特区制度を援用することで、例えば10ヶ年度限りの時限立法などを用いるなど復興再生の一助となりうると考える。
対象地域を、仮に市町村単位とするならば、設定する税目による税収と、震災被害額、復興再生にかかる費用概算とを比較衡量するなどして線引きは可能ではな
いかと考える。そうすることで東北三県以外の茨城や千葉、青森、北海道などでも一部分で税制特区が生じるかもしれないし、東北三県であっても通常税制の枠
組みに入る地域も出てくるだろう。復興税制という枠組みである以上、それはそれで構わない。
6 東北地方のアイデンティティ、文化、コミュニティの消失について
以上の方策を考えたとき、必然的に既存の歴史ある東北地域独自のアイデンティティなり文化なりをある程度、または根本から破壊することにもなろう。
それに対して、あくまでも土地への帰属を第一に考える人々の存在は無視することはできない。その場合は、放射能と共存していく覚悟を尊重して、消極的関与
を続けることで対処するほかにはない。土地からの排除、土着する人を排除するのではなく、放射線障害医療の観点からの継続的な診断、放射線障害と疑われる
症状が見られた場合の適切な治療など、地域に設置された放射線障害医療機関を通してケアしていく体制を作るべきである。
ただしその場合には、放射線障害の将来発生する可能性が高いと考えられることの告知、適切に情報を提供し続けることなどの条件が国や県、広域合併自治体等に求められる。
7 フクシマを広島、長崎とは同列には考えない思考
原子爆弾が投下された広島、長崎にはその直後から市街の再建が行なわれ、現在も多くの人々が生活をしている。これらの街は復旧されたが、研究者の間でも議
論があるように放射能の影響が未だに継続的に発生しているということも考えられている。放射線障害と思われる疾病が発生した場合でも、ある程度明確な被曝
(被爆)証明がなされない限り原爆手帳のお世話になる事は出来ないのが現状であるといえる。仮にお世話になれたとしても、残りの生涯を病を共存させながら
過ごさなければならない。手帳を所持していない白血病患者が、比較的多いという話もある。
認定されていない被曝患者の少なからぬ存在を考えると、フクシマがすぐに元通りに人々が生活をできる空間になると想像することは私にはできないし、現在の
科学技術ではそれを望むことはできないと考える。将来被曝証明書を受けて被災者手帳を持ち歩いて、リスクと共に生活をしていきたいと考えるなら仕方がない
のではあるけれども。
あるいは既に、被曝状況は取り返しのつかないところに至っているのやもしれず、その場合には東電原発による将来の健康被害は、従来の厳格な認定ではなく幅広くそれを認め、適切な治療を行なうことが必要である。
フクシマ、つまり浜通りの一部地域は、元通りの復興復旧は望むことが厳しいことを前提に、戻って暮らせる土地になるまでには少なくとも30年(セシウム
137の半減期)、あるいは画期的な技術の開発で放射性物質の土壌等からの除去がかなうときまで汚染された地域になっていることを覚悟する必要がある。
最後に
再生にはならないのかもしれない。地域を破壊することなのかもしれない。しかし良く考えてみて欲しい。既に地域は破壊されているのではないかと。目に見えないだけで破壊は行われてしまったのではないかと。
もしかしたらそんなに放射能のことを恐れなくても良いのかもしれない。しかし、世界中の放射能を扱っている専門家達が、口をそろえて安全であると宣言して
いるわけではない。プルトニウムを飲んだとしても健康に問題はありません、という専門家もあれば、それは猛毒であり非常に危険であるという専門家も存在し
ている。これは何を意味しているのか。
リスクを受け入れる選択をするためには、判断として得られる利益の大きさがその基準となるのだそうだ。そのリスクを甘受するという選択を地域住民が選択するのであれば、上記の考え方の多くは捨て去って良いものであろう。
文化を守るためにリスクをとる、地域のつながりを守るためにリスクをとる、歴史伝統を守るためにリスクをとる、それはそれで一つの考え方であり排除する権利は私にはない。
あるいはリスクなどないのかもしれないし、もしそうであるならば私は上記の全てを否定されても嬉しい。
過激な発想と無責任な構想であることは充分に承知している。
ただ一つの懸念は、現在までの国や県、市町村、東電の動きを見ていても、将来の絵が浮かんでこないことなのである。この地域は10年先、30年先、50年先にどうなっているのか、避難されている方たちと同様、私にも全く見えてこない。
少なくとも私の存命中、恐らく20年先くらいには笑顔にあふれる幸せな南相馬であって欲しいのだ。
終
1ページ25行目 水素爆発に訂正、タイトルを変更(6.21)
4ページ15行目磐前市に訂正(6.23)