こんばんは
昨日のサッカーはとてつもなくつまらなかったですね。
アジアのライバル・イランとの対戦
と銘打った試合。
しかし、日本はワールドカップで優勝を目指していたはずでは。
こんな雑魚チームをライバル認定するとは。
しかも、引き分けるとは。
こうつまらないと監督無能論が持ち上がるがそうではない気がする。
ハリルジャパンはドルトムント的なサッカーを目指すみたいだが、
ドルトムントとの決定的な違いは、パスのうまさ、だと思う。
パスが下手過ぎてつまらんのだ。
と、いらいらした昨晩でした。
また、今年の司法試験の出題趣旨は漏えい問題との関係で遅れているという。
おそらく、出題趣旨を作成しようとした矢先に大問題が浮上してそれどころではなくなってしまったのだろう。
出題趣旨、というからには、問題を作成した段階で作られているはずではあるが、
出題者の意図に反した解答が続出したために出題趣旨を修正する、
ということは毎年のことのはずだから、今作っていてもおかしくないかな。
さて、
以前、絶歌、という本について書きましたが、
少し考えをあらためる必要があるのかもしれない。
初めてこれを読んだときは、
「何が犯罪か、を理解できない少年が罪を犯し、
その少年が罪を理解し、社会的に抹殺されているのに、
死に体で生きていかなければならない状態で懸命に生きているんだ。
よく、犯罪を犯した側だけ保護されて、被害者の保護が薄い、というが、
そもそも両者は、なぜ保護すべきか、という点が異なるのだから比較するのはおかしくて、
法律家としては、いかに憎かろうと、更生した人の人権も最大限尊重しなければならない。
そういう意味で、この少年が”なんとか賠償責任を果たそう”(ここは推測)と
出版したこの本は尊重すべきなのではないか。」
という印象を持った。
しかし、
元少年Aのホームページを見たときに少し考えが変わった。
犯罪を犯した側だけ保護されて、被害者の保護が薄い、というが、
そもそも両者は、なぜ保護すべきか、という点が異なるのだから比較するのはおかしくて、
法律家としては、いかに憎かろうと、更生した人の人権も最大限尊重しなければならない。
という点は変わっていないないつもりだが、
この元少年に関してはわからない。
もちろん、人は殺さないでください、
と語る元少年の言葉を信じて、再犯はないと思いたいが、
この人の異常性はなんら変わっていない気がする。
ただ、こういうことは、当事者のことを何も知らずに語るべきではないので、
これ以上はよしておこう。
とりあえず、いろいろ考えさせられますね。