セレブ
君子危うきに近寄らず
ってやつに、「分別」とはちょっと違う側面を見る。
危うきに近寄らずとも事が足りるというのは
// 恵まれた環境にある //ということに他ならない。
ある意味、セレブのたわごとだな。
まぁ嗜好の問題ではあるのだが、
俺は、
君子危うきに近寄らず
よりも
火中の栗を拾う
の方が本望だ。
危うき場所に立ち、後戻りできない環境で
それをねじ伏せるのが愉しい。
まぁ毎度のことながら、あまりにもギリギリで
満足感と安堵感で手が細かく震えるがね。
自分が立つステージに文句をつけても始まらない。
その舞台は俺自身の因果だ。
「理不尽」なんてものは、
// この世の中にほとんど無い //のだ。
自分の手で引き寄せた「危うき(果)」なのだから、
因を自覚すれば踊り方も見えるだろう。
因みに、
「君子危うきに近寄らず」の意味自体は
『行いや行動の正しい人は、危ないことに近づかないものである。』
というものであるが、
それを「危ないことの近くにいる人」に言っても始まらない。
近づく近づかないを警告する以前に、
危ないことってのは、行いや行動が「正しくない人」にしか訪れないからだ。
それでこその因果というもの。
ワガママ
俺が、
俺の儘である為のワガママを通すことが
誰かの迷惑になるとは未だに思えない。
寧ろ、
俺が俺の儘であることを搾取することの方が
結果的に誰かの迷惑になるのでは?
とさえ思う。
過去に何度か、
ワガママを打ち捨ててきたオイラの
溜め息混じりの雑感。
今日も雨だ。
ずっと雨だ。
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