罪悪感という無礼
罪悪感ってのは単に「罪を犯した感じ」であって
実際に罪を贖う、つまり 贖罪と同義ではない。
罪を犯したつもりになってただ嘆くくらいなら
地面を這いつくばってでも罪を贖えばいい。
罪悪感ってヤツのベクトルは
概ね自分自身に向いている。
自己憐憫と抱き合わせのようなもの。
そもそもさ、「自己完結出来る罪」ってのは
一体どーゆーシロモノなんだ?
そんな概念が在り得るのか?
自分以外の何ものかに害悪を与えるのが罪であろう?
本当に罪を犯した自覚があるのなら
自分を哀れむより先に、誠意を撒き散らして贖え。
俺が思うに、
罪悪感ってヤツは、ほとんどの場合
単なる勘違いか、方向性を誤った自己顕示に過ぎない。
「それは本当に罪なのか。」
身も蓋もないかもしれんが、そこをよーく考えてみることだ。
もし、本当に罪を犯しているのなら、すぐさま贖え。
どちらにしても、
「罪悪感」なんて犬も食わぬ様なシロモノは
この世から消えてなくなってしまえばいいと思う。
誰の為にもならないどころか、
それこそが、害悪の素である、とも言えるから。

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