高倉健さんが逝去された。
また一人、昭和を代表する大スターがこの世を去った。
非常に残念だ。
よっぽど任侠映画が好きな人は除いて、私のようなアラフォー世代の人間は、実は健さんを知らないという方が多いのではないだろうか。
自身を<映画俳優>と位置付け、CM以外は、あまりTVに出演されなかった事がその要因であろう。
しかし、それはとても潔いことだと思う。
最近は俳優がバラエティー番組に出演し、歌も歌い、時にはニュースキャスターになったりもする。
『マルチタレント』化しているのである。
ファンにとっては露出が多い方が好ましい訳だから、それはそれで良いのかもしれないが
私には少し軽薄に見えてしまうのだ。
人間はスーパーマンではない。
すべてにおいてマルチにこなせる才能があるなら素晴らしい事だが
いろいろな物事に顔を突っ込みすぎて、そのいずれかが中途半端になっている人も確かにいるのだ。
『不器用ですから』
あるCMで健さんがしゃべったこのセリフが、高倉健という俳優のイメージを決定付けることになった。
硬派で、無口で、一つの道を腰を据えて極めるイメージ。
ところが、実際の健さんはとても気さくで、現場でよくしゃべる人だったというから驚きだ。
そこは私達がイメージに拘りすぎてしまい、虚像の高倉健が作りあげられていたのだろう。
しかし、一つの道を突き進むという点は、まさに健さんのスタイルそのものである。
生涯現役。
彼は、生きるために演じていたのではなく、演じるために生きてきたのだ。
不思議なもので、私は今月初めに『ホタル』という映画のDVDを自宅で鑑賞した。
この映画は神風特別攻撃隊を描いた作品で、高倉健さんと田中裕子さんが仲睦まじい夫婦を好演した作品だ。
私が『知覧に行ってみたい』と思うきっかけになった映画なのだが、なぜか、それを急に観たくなったのだ。
そして、二週間ほど前、『駅』という健さんが出演した80年代の映画のDVDを購入した。
たしか、1800円前後だった。
(今はどこも売り切れで、ありえない高値がついているからビックリ!!)
しゃべらなくても、表情と雰囲気で素晴らしい演技をする健さんをもっと観たいと思ったのだ。
その矢先の訃報。
これは何かの知らせだったのかもしれない。
何度か映画関連のブログで書いてきた事だが、最近の若手俳優は本当に個性がない。
昭和と比べるとみんなイケメンで、スラッとしていて、カッコいいのだが、残念ながら演技がほとんど印象に残らない。
『カッコ良かったね』ではなく、『あの場面のあの演技は良かったな』と評価される俳優が足りなくなってきているのだと思う。
芸能界事務所はもっと幅広く人材を確保すべきだ。
高倉健さんのような人は今のご時勢、なかなかいないだろうから
せめて、藤原竜也くんや浜田岳くんのような個性的な俳優が増えてくれたら、映画界・芸能界はもっと面白くなるだろう。
私と直接会った方は、私から『不器用ですから』というセリフを聞いていると思う。
これは健さんの真似をしていた訳ではない。
とても畏れ多くて、真似などできない。
私は本当に不器用なのである。
一つの事を深く掘り下げる事も続かず、どうしても浅く広い方向に進んでしまう。
情けない男だ。
ただ、何事にもマルチにこなせる人間になりたいとは思わない。
たった一つだけでいい。
このために生きている、というものを持てれば幸せだと思う。
話が右往左往してしまったが
今後、高倉健さんの作品をもっと観てみたいと思う。
健さん、長い間、本当にご苦労様でした。
あなたのようなスターがいて、日本人は幸せでした。
ご冥福を心よりお祈りしたいと思います。