大国魂神社 (根岸S) | ☆まけうまブログ★

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徒然なるままに日暮らしスマホに向かひて心に浮かぶよしなしごとを競べ馬の有様とともに書きつらねる自己満ブログ。
前半はよしなしごと、後半はレース回顧。
競馬道は一にも二にも検証の積み重ね。怠ればハズレ馬券が山と成す。

ブログネタ:新年度に向けて抱負を! 参加中

生きてるよ~☆彡

死んだと思ってたっしょ(・_q)/w


………(⇒前ブログ参照)みたいなことがまぁいろいろとあって、今年に入ってずっとイライラと消耗の日々。

書いてない間に、2月の府中にも一回行ってるんだけど、メインが何だったかすら覚えていない。

最近来るようになった外人の中ではビュイックが一番上手いな、と思いながら10Rの準オープンを買って、メモリアル60の二階のUCCのドーナツをスタンドのベンチで食っていた。

レースは直線に向いて、予想通り藤岡佑のタイキなんとかが逃げ切り濃厚。

にもかかわらず自分はゴール前で身を乗り出すこともなく、ドーナツの袋の底に溜まったカスを寄って来た鳩にばらまいて、クレバーな鳩と鈍臭い鳩の生態観察をしていた。
ターフビジョンをチラ見したら、ビュイックが2着に押し上げた所でゴール。

一点的中。
にもかかわらず、ビュイックいい仕事すんなとニヤリとチラ見しただけで、大量のドーナツ屑のひとかけらしか拾えない鈍臭い鳩にため息をつき、よっこらしょとパドックに向かう。


やっと思い出したけど、根岸Sだったな、メインは。
大した根拠もなく、昨秋東京1400で勝ったエーシンウェズンから買う。
戸崎なら安心して買えるけど、ゲート難の馬だけに蛯名さんだとESPが心配。
でも構わず買う。

昨年驚異的大スランプだった藤岡佑、暮れに川崎でGⅠを勝って以来、何か吹っ切れたようにキレが戻って来た。
メイショウマシュウに電光石火の末脚を炸裂させて、ガンジスを差し切ってしまう。
そして馬は故障。
極限の脚を使わせると、裏返しでこんなことも起きる。
なかなか難しいね★

そしてウェズンは内でぎくしゃくしたまま、どうにか5着に雪崩込むのが精一杯。
やっぱりこんな感じか。

最終の後、ぼんやり誰もいないスタンドに佇み、帰りに府中本町の[ニューたんたんめん]で飯でも食おうかなと思い立って、とりあえず競馬場を出て歩く。
そして、それ以降、まともに競馬を見ない日々が続くことになる。
テレビと新聞とネットで漠然と結果は拾っていたけど…

ニューたんたんめんは味と値段がコスパ的に絶妙に見合っていて、帰り道によく食べる。
坦々麺と餃子とライスのセットで700円超くらい。
ちなみに府中本町駅の反対口の裏路地にある渋い中華屋の炒飯も絶品。

うまいけど淡々と無感動に坦々麺を食って、金を払い、そのまま大国魂神社まで歩く。

大国魂神社を通り抜けて府中駅まで歩く帰り道が一番好きだ。
特に5月、夕暮れの風が、眼を細めたくなるほど気持ちがいい。

[右に見える競馬場~♪]と中央フリーウェイを挟んで向かい合う[左はビール工場~♪]勤務の極楽とんぼの将棋指しも、よく大国魂神社を散歩しながら、府中の街に出かけていたらしい。

自分が特別信仰心に篤い人間とはとても思えんが、神社とかお地蔵さんとかを通ると何となく素通りできない。
競馬場の馬頭観音にも、なんだかんだ手を合わせてしまうし。

前にも書いたけど、実家は寺町の地内の片隅にあって、寺町の中心ともいうべきランドマーク的な古刹が経営する幼稚園に自分は通っていた。
毎月、お釈迦様の日になると、園児全員が本堂に集められて…

[甘茶をかけましょ、お釈迦様~♪]

と歌いながら、合掌しなければならないのだ。

こういう環境で育ったことが、どこか深層心理的に作用しているのだろう。

夜歩く会でおなじみの放浪男は、現在台湾に遠征中だが、日本に現れると、時折早逝した親父さんの墓に足が向いて、手を合わせていたりするらしい。

[線香の匂いって、なんかいいんすよね]

歩きながら、奴はしみじみつぶやく。
我々はまぁどう見ても、信仰だとかそんな大それた感覚は本質的に一切持ち合わせていそうもない人種だろう。

ただ、昔から自分も線香の香りや、墓参りは嫌いじゃなかった。
道端のお地蔵さんに一人手を合わせながら、静かに吹き抜けてゆく風を感じていると、真っ白な自分と向き合っていたりする。
そういう感覚を好む自分を、どこかで持ち合わせているのかもしれない。


日本人は無宗教とかよく言うけど、実際は日本人ほど[宗教好き]の人種もなかなかいない気がする。

いつだったか、武井咲が深川めしを食ってる東京メトロのCMにつられて門前仲町をほっつき歩いて、深川不動堂に行った。
その時、婆ちゃんたちの集団が、坊さんのありがたい法話を聴きにゾロゾロと入って来たのだった。

と言うと、ありふれた風景に思えるのだけど…

あれ?とふと違和感を覚えてしまった。

この婆ちゃんたちは当然自分が子供の頃に婆ちゃんだった人達ではない。

武道館に現れたTHE BEATLESを見て、リアルに嬌声を上げて失神してた当時のお姉ちゃんたちの世代ってことじゃないか?

そういう戦後文化的な環境で育って来た彼女たちの、三十年ほど前の姿を思い浮かべてみると、この人達が婆ちゃんになって、深川不動堂に参詣する姿が、どうにも噛み合わない。

しかし、そういう意識をしない限り気付かないほど、かつてのお姉さんだったこの婆ちゃんたちと深川不動堂の風景は、実際見事に融合しているのだった。

そういえば、昔は仏壇なんか見向きもしなかったうちのおっ母ァが、お参りしろ!と妙にうるさいので、なぜだ?と聞いたら、こんなことを言っていた。

[やっぱり歳取っと、仏心が出てくんだべねぇ]

あ~そういうことなのか。


この国にはそれこそ雑多な宗教が混在して共存していて、それこそ篤い信仰心に日々を捧げる人々もいれば、そういう切実な思いの三歩手前にも行かない位の気分で、老若男女問わずご利益にあやかりに来る人間は、さらに大量にいる。

この大国魂神社に訪れる、凄まじいまでの初詣者数とくらやみ祭の観衆を見れば一目瞭然、大国主命も神殿で軽くびっくりしてるんじゃないかと思う。


[初詣は神社と寺、どっちに行くか?]

昔そんな話をしてた時に、そこにいたドM系すっとこどっこい姫は…

[え~?普通、寺に初詣なんて行かないっしょ!]

[じゃあ成田山は?]

[ん?…そうだけどさ]

渋い顔をして、納得いかなそうに答える。

[あれは別でしょう]

もちろん寺に初詣するのは特殊でも何でもない。
寺を神社と思い込んで…というか実は寺か神社かさえ意識せずに参詣している人が相当な数でいるんじゃないだろうか?

というか、かつての自分がそうだった訳で…
昔、バイト軍団総出で成田山に初詣に行った時に、引いたおみくじが12人中3人[凶]だったのだ。
現大手遊技場チェーンの九州地区エリアマネージャーのヒヒジジイもその一人で…

[この前、おみくじ引いたら、凶だったじゃない。なんか納得いかなくてさ。成田山ってお寺じゃん!神社で引き直したいんだよね]

苦笑と苦笑の対面式。

[お兄さん、ちょっと僕をどっかおみくじ売ってる神社に連れてってくれないかな?]

早、新春7日。
そういう頼みなら聞かないわけにはいかないな、と自分が逆に面白がってしまい、奴の単車と自分の原チャリで並走しつつ、ここは思い切って真夜中の都内へ遠征。

まず大和魂に畏敬の念を表し、九段の靖国神社へ。
おみくじなんてどこにもない★
ならば初詣スポット不動の全国一位、明治神宮へ。
原宿の道端にバイクを止めて長い参道を歩くと、ただ暗闇が拡がるだけの境内には、おみくじ自販機すらない。

[都内の神社、やる気あんのか!]

こうなったら、多摩川渡るぞ!

[オッサン、安心しろ。川崎には全国第2位の初詣スポット、川崎大師があるぞ!あそこなら間違いない!]

そして夜中の川崎競馬場前をぶち抜けて、参道に突入した我々は、めでたくおみくじを引き、[パンパンと拍子を打って]参拝して、バイクで境内から出て来た途端に、警察に止められた。

[ここはバイク通行禁止だよ!]

[あ、そうなんすか?俺ら、茨城から来たがら、わかんなかったんすよぉ]

[なに?茨城から?]

[有名な川崎大師様にお参りして、ご利益貰って来っぺど思って、わざわざこれで来た所なんすよ、すんません]

[そうか…まぁ産業道路は車通りが激しいから、気をつけて帰れよ!]

こうしてお大師様のご利益を授かった我々は、無事放免され、めでたく目的を果たして、再び寒空の下、国道6号を常陸の国まで帰還したのであった。

なので、数年後、川崎大師が実は寺だったと気付いた時は唖然として目が点になってしまった…

[成田山みたいに寺だって名乗ってくれよぉ!]

しかし、二拍一礼で参拝したにもかかわらず、川崎大師の仏様はなんて心が広いのだろう。
そして、ヒヒジジイにはバレるまで黙っていようと心に決めたのであった。


しかし、実際の所、寺の中に神社があったり、寺がお稲荷さんと合体してたり…
飛鳥時代に神仏合祀が始まって以来、厳密にはその辺の境界は案外曖昧なのかもしれない。

[どっちに初詣なさっても良いということでございます]

テレビで坊さんがそう言ってたくらいだし。

そして、どう見ても信仰のかけらもなさそうな連中が、X'masに浮かれて、こぞって初詣に出かけてくる。
近年の歴史の中で、かつての信仰が生活のイベントに形を変えて結び付いた日本の宗教スタイルということなのかな。


そして自分も、去年の元旦の夜に、車でのこのこ大国魂神社に現れた一人であった。

心身ともボロボロだった年始。
悪夢のように濃密な虚無の闇を切り裂きながら、我が愛車を駆って、夜の甲州街道を、自然に府中へと向かっていた。

衝動は自分の一番自然なアイデンティティに行き着く…そこには愛する東京競馬場があって、そしてお膝元に鎮座する大国魂神社がある。

開催のない季節の府中の街は新鮮だった。
中華東秀の横の裏参道から車を乗りつけ、道端の隙間に路駐して、境内に入った。
さすがに元旦の夜、桁外れに賑やかな屋台の群れもテントを畳んでいた。
まぁこのくらい静かな方がちょうどいいかな。
そんな気分で入っていったら…

門、閉まってるんですけど(-_-;)

ここは東京都下随一の初詣スポット、大国魂神社じゃないか!
元旦の夜にこんなことがあっていいのか?と叫びたくなるほど厳重に、夜の社殿は門扉を閉ざしていたのであった。

大国魂神社に跳ね返されたおかげで、復活にもう一年を要すことになったのは言うまでもない。


この日の大国魂神社では、近隣の氏子さんたちが大量に集まって、神主を筆頭に続々と社殿に入ってゆき、何らかの祈祷が行われる様子であった。

内部からその声が聞こえてくる中を、外から賽銭を投げて二拍して、真っ白な気分で手を合わせる。

ふと見ると、食い入るように社殿の奥を見つめながら、手元に何かの紙を持って、ひたすら中の様子に耳を傾けて離れないお姉さんが一人。

誰にも伺い知れない、極めて個人的な、しかしそのお姉さんの内部で、強く息づいている信仰なのかもしれない。

信仰というのは、余人には奥が深すぎる何かを持っている。

大国魂神社にリベンジを果たして駅まで歩きながら、徐々に回復しつつも、完全に回復し切れないもどかしさにため息が出た。

これは放電して、充電しないとちょっとマズイなと切実に思った。

そして帰りの電車でボケーッとしてたら、突然ヒヒジジイから電話が来た。

[どうしたいきなり?帰って来たのか?]

[いや普通にまだ長崎だよ。別に用事ないんだけど、最近どうしてるかと思ってね]

まるで大国主命や川崎のお大師様が見てたかのようなタイミングだな★

こういう出来事に出会うと、何となく神仏の存在を感じないわけにはいかない気がしてくる。


そして、3月。
また旅が始まった…


ブログを書きたくて仕方ない時が何度もあったけど、3月一杯は意を決して完全に充電に専念することにした。

そして戻って来たら、自動でログインできなくなっていた★w

荒れ放題っぽいペタ帳を開いて、軽くうるっとしたり…

そして再開したブログが今さら根岸Sかよ★w