関西圏以外の駅の立ち食いで、そばとうどんのどっちを食うかと言えば、9割方そばの方だ。
理由は簡単⇒うどんは太いからすぐ食い終わるが、そばは細いからいっぱいあるように感じる。
それだけですが…?
関西はだしがうまいからうどんばかり食うが、あのだしでそば食っても物足りない気がするんだよね。
[やっぱり、醤油が効いてねぇとな]
名古屋のきしめんスタンドは一度も食ったことがない。うまいのだろうか?
そしてつゆの味は関東風なのか、関西風なのか?
そして中京行っても、きしめん食う気にならないのはなぜなんだろうな。
味噌カツかひつまぶしに心が奪われてしまう。
そば処の生まれとしては、そう簡単に駅の立ち食いそばごときに感心したりはしないのだが、それでも絶句するほどうまい立ち食いそばに時々この世で出会うことがある。
ちなみに、我が地元のJRJB線S駅の改札の外の売店の奥にあるのは、おそらく日本一まずいと推定される立ち食いそばだ。
受験の日の朝、初めてここで天ぷらそばを食った時、箸を持つ手が止まって、口元からそばがはみ出たままフリーズしたのを覚えている。
その光景をバス停から見ていた奴がいた⇒それが彼女と名のつく女が3人同時にいた春日部のナンパ野郎であった。
[妙な野郎がそば食ってやがんな]
と思ってたらしいが、むしろ貴様にだけは言われたくないものだが。
こっちはこっちで、ヘラヘラした顔でバス待ってる頭悪そうなのがいるな…と視線の端で感じていた。
ああいうのとだけは友達になりたくないな、と思っていたにも関わらず、大学で4年間つるんでしまうのだから恐ろしい。
それに較べたら馬場の悪い中山で江田照男鞍上のネコパンチが単騎で逃げ切ったところで何も驚くに当たらない。
江田照さん、すでに日経賞はテンジンショウグンで前科一犯じゃないか。
結局、まずいそばを執念で全部平らげたのは、払った金がもったいなかったからにすぎない。
世の中というのは不思議なもので、これだけまずいそばを食わせる駅の隣には、おそらく日本で五本の指に入る立ち食いそば屋を構えていた駅がある。
何かの用事で、そのU駅から都内に向かおうとして、腹が減ったからホームのそば屋に入った。
行き先は恐らくモノレールで浜松町から2つ目の駅だったと記憶する。
[おばちゃん、冷やしたぬき]
いくらなんでもS駅のそばよりまずいそばがそうそうあるはずがない。
それよりはマシだろうと、普通に期待もせず口に運んだ瞬間、思わず…
[うまっ!]
おばちゃん、ニヤリと悪魔のごとく笑う。
[でしょう。ここに来るお客さん、みんなそういうんだから]
そばの食感、風味、どれを取っても、立ち食いそばのレベルを超えた絶品であった。
この麺はどこで作ってんだろう?と思って、そばの入ったプラケースを覗いたら、普通に地元の地味な製麺工場だった。
あなどれねぇ、茨城。
そんなU駅のそば屋は、ホーム改修工事とともに一旦姿を消し、再開を待ち侘びていたら…どういう訳か違う業者に変わっていた。
試しに食ってみた。
上野辺りで食う普通のそばと変わらなかった。
ショックで、武豊さんがノーリーズンから落馬したほどだ。
U駅と双璧を成す立ち食いそばが北海道にある。
こっちは、普通のそばの常識を覆す異端児。
稚内辺りを旅していて、明日は札幌開催だなと思ったら、石狩平野が恋しくなり札幌ゆきに乗った。
その時、便所に行ったついでに年配の車掌と無駄話していたら…
[音威子府駅のそばは食ったか?]
と聞かれた。
[いや…つかそんなに美味いんすか?]
[あれはすごい、一回は食う価値がある。毎日往復してる俺が言うんだから間違いない]
[そりゃ食ってみたいなぁ。でも、この列車、音威子府にそんな長いこと止まらないでしょう?]
[反対列車の待ち合わせだから、5分止まるぞ]
[え~、5分で本当に食える?]
[大丈夫だよ、ドア閉めんのは俺なんだからよ、食い終わるまで待っててやるよ]
そういう所に旧国鉄のちゃらんぽらんな匂いが漂っていてうれしくなる。
そんな訳で、ダッシュでホームのそば屋に駆け込む。
出て来たそばに、目が点になった。
十割そばなんて目じゃないほど真っ黒な麺が汁の中で泳いでいた。
端で持ち上げると、ラーメンのような縮れ麺になっていて、食うと麺の太さに見合わない歯ごたえとともに、ボソッとした食感が広がる。
麺からはなんともいえない[生]っぽさが匂う。
…とか書くと、まるでうまそうに聞こえない感がなくもないが…その歯ごたえと食感が絶妙なのだ。
こんなそばは食ったことがない。
しかし、うまい。
これはもう、間違いなくうまいの一言だった。
つゆを飲み干していると発車ベルが鳴って、車掌がこっちを見てニヤニヤしている所だった。
ダッシュでドアに飛び込んだ自分に、うまいだろ?と車掌がドヤ顔で声をかけた。
参りました。
それから数年後…
旅打ちの払戻金を毎回風俗でぼったくられる馬券野郎と一緒に音威子府駅に寄ってみた。
ホームにあった立ち食いそばは駅舎の方に移動していて、ものすごい数の客がそば待ちをしていた。
[15分位かかりますね]
作っていたのは、当時の婆さんではなく、寡黙な父っつぁんとおばちゃんであった。
見ると、大半の客が、名物を聞き付けて、列車ではなく車を駅前に止めて食いに来ているのだった。
そばの味はあの頃と変わらなかった。
今は夜行バスの時代で、自分も京都や阪神に行く時は使っているけど…
北海道の夜行列車はまた本州とは違う風情があった。
知らないオッサンや兄ちゃんとビール買い込んで酒盛りしたり、隣の席の女の子ちゃんたちとトランプしたり、思い出深い出来事がいっぱいある。
夜行列車はテンションが上がってなかなか寝付けないもので、腹が減ることが多い。
夜行バスならサービスエリアで簡単に食い物を調達できるけど、列車の場合はたいてい駅前のコンビニを探すしかない。
しかし、一度だけ、忘れ難い感動的な体験をしたことがある。
夜中寝付けず、石北本線の遠軽駅に差し掛かった時、ホームで橙色の明かりのついたそば屋の屋台から湯気が立っていたのだ。
夜中の2時40分。
まさか?と信じられない思いで、ホームにダッシュした。
この駅で10分ちょっと停まるから、十分食える。
夜行の客のために、夜中ホームでそば屋を開けて待っててくれる駅が、この日本で他にあるだろうか?
[月見うどんと天ぷらそば]
寡黙なオッサンは何のツッコミも入れずに、丼を2つ並べて出してくれた。
普通の駅そばの麺に、讃岐うどんのようなコシもないごく普通の玉うどん。
しかし、夜中の静かなホームで啜る味は、たとえようもない美味さだった。
そんな訳で、個人的日本三大立ち食い駅そばは、遠軽、音威子府、かつてのU駅の3つで、タイキシャトルも落鉄して逃げ出す不動の一番人気である。
それはそれとして、東京の街角でおなじみ富士そばの妙にちゅるっとコシのあるそばも、なんだかんだで結構うまいんだよな。
そして府中のダービースクエアの若干薄汚い立ち食いそば屋の天ぷらそばも、時々無性に食いたくなってしまう。
しかし、秋まで東京開催はない。