アンナ「まったく……何なんだろうあの人……」
翌日、一条は不機嫌な様子で昼休みを迎えた。結局あの後、仲正の振る舞いとそれに何の違和感も無く同調する陸上部に嫌気が差し、早々に帰宅したのだった。
アンナ「仲正 桔平、よくよく調べてみれば県内でも有数の選手なのに……あんな人だったんだ。」
入学前、一条は高校のことを調べていた際に仲正の名前を見かけたことを思いだした。過去には全国大会にも出場した経験のある、県内では有名な短距離走選手だった。その輝かしい経歴からは想像できないような本人の性格に、一条はため息をつく。
アンナ「とにかく、陸上部にはもう近付かないでおこう。陸上部以外の部活でも探そう……」
他に所属する部活を探そうと考えながら一条は弁当を広げる。一緒に食べる相手は誰もいない。それでも構わず一条が弁当に箸をつけようとした、その時だった。
桔平「こんにちは~、一条 アンナちゃんって子、いるかしら?」
アンナ「!?」
教室が瞬く間にざわつく。入口を見ると、なんと風呂敷を持った仲正が教室に入ってきたのだ。一条を探しているようだ。
「え?確かあの人って……噂の……」
「仲正先輩!ウチの学校だと超有名人だよ!?」
桔平「ごめんね、お昼に来ちゃって。 それで、一条 アンナちゃんってどの席かしら?」
「一条さんなら、そこに…… あれ?」
生徒が指差した時、既にその場に一条の姿は無かった。仲正の姿を見たと同時、一条は弁当を持ったまま教室を飛び出していた。
アンナ(なんでなんでなんで!?なんで教室まで!?確かに自己紹介でクラスまで言ってたけど!!)
自己紹介でクラスまで告げてしまったことを後悔しながら一条はなるべく教室から離れる。一条が逃げ込んだのは、階段下に設置された物置だった。
アンナ(ここなら人気も無いし、そもそも姿も見られてないんだから追いかけてこないでしょ……)
「この間さぁ、〔えがお食堂〕ってところ行ったんだけどさぁ。 分かる?あのスーパー近くの。」
アンナ「!」
近くを通り過ぎる上級生の声が聞こえてくる。その中に出てきた食堂の名前は、一条の家が経営している食堂だった。一条は身を潜め、その会話に耳を澄ます。
「あぁ、あそこね。あそこ美味いよね~」
「いやそうなんだけどさ、あそこの娘さんマジで接客態度悪いよな~。 ただメシ食い終わって駄弁ってただけなのにさっさと食器下げられて『さっさと帰れ』とか言ってきてさ。」
「あの子か~、名前何てったっけ?」
「名前?知らねぇよ。 ムカつきすぎていっぺんシバキ倒してやろうと思ったわ~」
アンナ「……。」
自分への悪口を聞いて、一条は唇を噛み締める。一条は自分の行いが間違っていたとは思ってなかった。当時、食堂は列ができるほどに混雑していた。そんな中、食事をせずにただ席を占領しているのは邪魔だと一条は判断した上での行動だった。
アンナ「……別に私、間違ったことしてないし……」
一条には人一倍の正義感があった。しかしそれが原因で何度も問題を起こしていた。一条も改善しようと努めている。しかし意識しても、自分の正義感から来る行動を抑えることはできなかった。
アンナ(今の人達は気をつけよう……何か嫌がらせしてくるかもしれないし……)
一条が伏せていた顔を上げたその時、目の前に顔があった。顔が超至近距離にあったせいか、一瞬壁に思えた。
桔平「見ぃつけた♡」
アンナ「うわぁ!?」
目の前にいた仲正の顔に一条が悲鳴を上げる。
アンナ「どどどどどどっ、どうしてここに!?完全に撒いたはずなのに……!?」
桔平「私が何年この学校にいると思ってるの?逃げた子が隠れるのなんてだいたいココって決まってるのよ。」
アンナ「~~~~~! ……それで、いったい何の用ですか?」
一条は視線を逸らしながら仲正に尋ねる。
桔平「今日の放課後、私と併走してくれない?」
アンナ「……私、陸上部に入るつもりないですけど?」
桔平「今日は陸上部はお休みよ。私個人の自主練。 どう?付き合ってくれる?」
アンナ「……分かりました。その代わり、1つ条件を出していいですか?」
桔平「何かしら?」
仲正の企みは分からない、これ以上付き纏われても面倒だと考えた一条は、仲正にある条件を出す。
アンナ「その自主練、付き合ったらもう金輪際、私に付き纏わないでください。 それを約束してくれるなら、付き合いますよ。」
桔平「……えぇ。いいわよ。 それじゃ、放課後ね♪校門前で待ってるわ~♪」
一条の提案に嫌な顔1つせず、仲正はその場から立ち去っていった。