放課後、一条は約束通り校門前で仲正と落ち合い、河川敷へと向かった。2人とも予めジャージに着替えていて、河川敷に到着するとすぐに走ることになった。
桔平「今日はよろしくね、アンナちゃん。」
アンナ「これっきりですよ。終わったら、もう私に関わらないでください。」
桔平「分かった分かった♡ それじゃ、始めましょうか。」
仲正が走り出し、一条はそれに併走する。短距離走選手だと聞いているが、仲正は想像以上にハイペースで長距離を走る。脚力に自信のある一条だが、気を抜けば離されそうになる。
アンナ(速い……!流石全国に行くだけあるな……!)
思えばここで、仲正と縁を切りたいなら置いていかれたふりをしてその場から離れれば良かったのかもしれない。併走するという約束は果たされているのだから、ペースを合わせてまで付き合う必要はない。一条はそのことに気付かず、仲正に必死についていこうとする。
アンナ「くっ……!」
それでも限界が近付いてくる。足がもたつき、仲正から距離が離されるかと思われた、その時だった。突如仲正が切り返し、一条の元へ駆け寄ってきたのだ。
アンナ「え!?」
一条の理解が追いつくよりも先に、仲正が一条の前に迫ってきた。その時だった。仲正の背中からバシッと何かが当たる音が聞こえてきた。一条が止まると、仲正の背中から何かが転がってきた。
アンナ「これって……サッカーボール?」
仲正の背中に当たったのはサッカーボールだった。もしあのまま走っていれば一条に直撃していたかもしれない。驚く一条へ仲正が声をかけてくる。
桔平「アンナちゃん、大丈夫?」
アンナ「私は大丈夫ですが……先輩は……」
桔平「私は大丈夫だけど……ちょっと待っててね。」
サッカーボールを抱え、仲正は河川敷を下っていく。その先にはサッカーグラウンドがあった。そこには小学生のサッカーチームと、高校生らしい集団がいた。仲正は先にボールを小学生達へ渡す。
桔平「はい。これあなた達のボールでしょ? 取ってきてあげたわ。」
「ありがとう……」
アンナ「……?」
小学生に対して優しく接した後、仲正は打って変わって厳しい口調で高校生達に迫る。
桔平「それで……この子達のボールを蹴飛ばしたのはあなた達かしら?」
「えー?それソイツらのボールだしー」
「事故だよ事故。そんな目くじら立てるなし。」
桔平「とっても愛のないボールだったわ。私じゃなかったらすっごく痛いと思うわ。」
「何ワケの分からねーこと言ってんだよ!」
「てかコイツオカマじゃね?ボール蹴ったら野生のオカマ出てきたわ!」
仲正の注意に対して、高校生達は嘲るような態度を取る。その様子に一条も下っていき、駆けつける。ただ事ではないと悟った一条は小学生から事情を聞く。
アンナ「何かあったんですか?」
「僕達、サッカーしてたらこのお兄ちゃんたちがどけって……」
「俺らもサッカーしたいんだよ。」
「ガキなんていくらでも時間あるだろ?それなら多忙な間を縫ってサッカーしようとする俺らに譲れっての!」
桔平「その割にはサッカーしようって姿には見えないわね。それに、こんな小さい子のボールまで蹴飛ばすなんて、サッカーに対する愛を感じられないわ。」
「さっきからごちゃごちゃと……!野生のオカマは黙ってろてんだよ!!」
高校生の1人が拳を振り上げ、仲正に襲いかかろうとする。仲正はそのまま受けようとしたその時、なんと一条が前に出てきたのだ。突然の出来事に高校生は思わず手を止める。
「な、なんだ!?」
桔平「アンナちゃん?」
アンナ「人のこと殴るつもりですか?話し合いを拒んだうえに暴力に奔るとは、野蛮としか言いようがありませんね。」
「何だと……!?女だからって、いい気になってんじゃねぇ!本気でぶっ飛ばされたいのか!?」
高校生の言葉を聞いたその時、仲正の表情が変わった。まるで能面のような無表情に変わる。突然雰囲気の変わった仲正に高校生たちはもちろん、一条も驚く。
桔平「坊やたち、別に私のことは殴ってもいいわ。オカマや化け物で呼ばれたっていい。慣れているもの。」
「いや、バケモノとは言ってない……」
桔平「だけどね、私の目の前でこんな小さな子ども達や女の子を殴ろうってなら、滅茶苦茶にされる覚悟はあるのよね?」
仲正がゆっくりと高校生達の前に出てくる。その圧に高校生達は震えることしかできない。
アンナ(この人……こんな顔するんだ……)
「なっ……なんだよ急に…… おい、もう帰ろうぜ!」
「今日はこのくらいで勘弁してやるからな!」
高校生達は慌てながら、逃げるようにその場を後にした。その間、仲正はずっと高校生達の姿を目で追っていた。そして姿が見えなくなると、仲正の態度は元に戻り、小学生に笑顔で話しかける。
桔平「さ、もう怖いお兄さん達は帰ったわよ。みんなはサッカーを続けて。」
「はーい!」
「お兄ちゃんありがとう!!」
アンナ「……。」
小学生達に話しかけたあと、仲正は一条にも声をかける。
桔平「アンナちゃんもありがとうね。」
アンナ「私は……何も……」
桔平「あら、私のこと守ってくれたじゃない。」
アンナ「……。」
桔平「……休憩がてら、ちょっと、お話しましょうか。」