アテルイの首塚なるものを祀る公園の、
近くにある片埜神社に参拝したのも、
何かのご縁かと思い、歴史を調べてみる。
(正直、え~?そんな昔の事どうでもいいよ~!
と思っていたのだが、参拝して気が変わった。)
8世紀半ばから朝廷の東北侵攻が行われており、
蝦夷の抵抗は反乱に発展していく。
足掛かりになる城を作っては焼かれの攻防戦が12年続き、
一回戦は朝廷が負け、二回戦・三回戦は勝った。
戦勝した時に軍を率いて活躍したのが坂上田村麻呂で、
降伏した頭領がアテルイ。桓武天皇の時代。
坂上田村麻呂は、アテルイ夫妻の助命嘆願をしたものの、
公卿たちが禍根を断つことを主張したそうだ。
レトリーバルするのなら、助命嘆願が成功すれば
いいのかな?と思った。…しかし、
12年の戦争で亡くなった人たちはどうなるの?
リーダーだけ助かって終わりじゃお粗末すぎる…
と気が付いた。
(レトリーバル)
蝦夷に送られる官吏は交渉上手の善人ばかりで、
官吏は上手く朝廷に報告し、蝦夷は恭順の意を示し、
平和にやりすごし、発展すると書き換える。