三連休で祐気取りに、片埜神社へ家族ドライブで参拝した。
秀吉が、大阪城の鬼門封じとした由緒ある神社なのらしかった。
実際行ってみると、家族ドライブするほどでもないような、
とてもこじんまりした神社だった。
社殿は文化財で、赤が印象的で装飾も美しかった。
スサノオと菅原道真がご祭神。
…なのにあちこちに般若モチーフがあって、
『鬼をもって鬼を制す』鬼門封じに掛けているようで、
節分は『福は内、鬼は内』と言うそうだ。
北東に置く般若の置物も怖かったし、
旦那の御朱印帳の般若印も怖くて何か嫌だった。
近くには阿弖流為(アテルイ)の首塚もあったが、
その公園には寄らずに帰った。
そしてアテルイ気になったので、後で調べて
レトリーバルしておくことにした。
ここに来る前日、明け方チャネリングで、
なぜかお多福と般若の面が出てきた。
二つの面はどちらも夫婦(めおと)の妻の面であり、
『妻がお多福になるか般若になるかは、
夫の思いやりの有無によるのであり、
夫婦の結びが幸せかどうかは
妻の表情を見れば分かる。』
とのことだった。
私の視点ではなく、私の母の視点では、
もしかしてもしかすると、
父と結婚して幸せだったのかもしれない?
…と考えていたのだが、
明らかに母の顔は長らく般若だったし、
(結婚する前はとても美人だったのに。)
心から愛せない人との一生は不幸だった証明なのだ。
そのことに気付かせてもらったのかもしれない。
それに片埜神社は母の眠る墓に近いのだ。
私は今のところ、お多福さんで居れている。