WHITE GLOVES

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チャネリングでミラクル☆ワンダホー・ライフ

あらゆる存在に歓天喜地の双喜バランスをもたらします。天上春天下春☆

リチャード・バックの『イリュージョン』を読みたくなり、

 

取り寄せて読み返した。

 

救世主の奇跡と悩みと最後について見聞きした

 

救世主見習いの飛行士の話。

 

 

昔は救世主の奇跡(イリュージョン)に感動したものだが、

 

改めて読むと、

 

自由意志の際限ない力の可能性に、繊細な愛が介在して

 

いないことに気付く。

 

(全くのフィクションだったんだなと改めて思う。)

 

 

想像力(創造力)の暴走は、幸せのバランスを欠くため、

 

物語の救世主は殺されてしまう。

 

それを思い出として心に秘めて生きていく残された

 

見習いの話だった。

 

 

普通の目覚めない人たち(不幸のまま一生を終える人たち)

 

と目覚めて幸せに生きようとする人との対比が、なんとも

 

悲しい話でもあった。

 

 

個人はちっぽけすぎて、個人の救世主ではどんな奇跡を

 

起せたとしても、あらゆる人を救うことはできないし、

 

救いを求めていない相手はどうすることもできないので…

 

個人の奇跡の能力だけではどうしようもない、

 

という話でもあるのかもしれない。

 

それはもはや救世主とは呼べない。

 

(だからイシュージョン?)

 

 

魂の進化(愛の繊細化)でいうなら、

 

最終段階の器用で賢い人間と、若く未熟な魂ゆえに不器用で

 

言葉が通じない衝動的な人間とは、レベルが違いすぎて、

 

何もかみ合わないという問題なのだろう。

 

 

繊細化が行きついた先で、神様の根源に繋がれるのなら、

 

それは個々努力して繋がって救われるしかなく、

 

個人救世主は現実的には、それを伝えることしかできなくて、

 

本当の救世主とは結局、人外の神(究極まで繊細化された愛)

 

でしかありえないのだな…と気づかされた。

 

 

愛の魔法、ミラクル・ワンダホー!で地獄を祓い、

 

一気に闇を光に変える想像をするのは、とても簡単だけど、

 

実際にキレイ好きが汚部屋を掃除する、というように

 

地上現実変換すると、めっちゃ大変だったりする。(^^;)

 

 

実家の12年放置され掃除されなかったキッチンには、

 

小さいもみ殻のようなものがすべての引き出しに大量に繁殖

 

しており、調べて見るとコバエのサナギなのだそうだった。

 

(ネット調べ。ゲロー!幼虫よりマシかー…)

 

そして引出し上部には、孵化したコバエを食べる蜘蛛の巣

 

だらけになっていた。エグイ!!

 

全部雑巾でふき取って、排水口に流して、熱湯をかけて

 

処分した。

 

 

 

娘が人の死をあんまり憐れむので、死んだ人はそれで楽になって終わるけど、

残されて死後の後始末をする方がよっぽど大変なことなんだよと話した。

後始末をする人に感謝して負担にならないよう、よく考えて生きなくては

いけないよと話した。