娘が特別選抜の公立高校に合格~♪\(^o^)/
特別選抜は一般選抜より早い日程で行われるので、
落ちても一般選抜を受験でき、滑り止めも公立でOK。
娘の受験は一回で済んだし、親孝行で双喜☆
娘の志望校の受験者は全員合格で、ミラクル・ハッピーだった。
受験は誰でも嫌なものだ。
定員と成績を学校側と事前に調整すれば、
受験なんて要らないのでは?と思う。
(国会議員こそ議員資格試験とかが必要なのでは?)
『厄は有償で引受け、無償で祓う。』と降ってきた。
無償(サービス・ボランティア)と
有償(商売取引)にはバランスがある。
有償は厄を引き受けるので、そればかりでは心身を病む。
だから無償で厄を祓って、バランスを取らざるを得なくなる。
勘の良い商売人は、
有償の商売取引と同時に、無償のサービスを行っている。
無償のブログ記事やゲームや占いシステムを提供したり、
ボランティアや寄付をしたり、メディアに出たりして、
無償(で人を喜ばせること)により、厄を祓い、
バランスを取っている。
『厄とは嫌な役割のことを言う。』
無償の愛は、厄を好きな役割に変えてくれる。
私の理想は『無償の愛で、好きな役割を生きぬく事』だ。
それは一見、稼ぎがなく役立たずのようだが、
傍(はた)を楽にすることが本来の働く意味だし、
自分の厄だけでなく、人の厄も祓えるようになる。
昔の神の姿が老人なのは、有償と無償の差し引きで、
ご隠居のように無償で生きられるようになるのが、
その年齢域だったからかもしれない。
昔、有償で厄を祓えなくなった霊媒師に、
代わりにクライアントの厄を祓ってほしいと頼まれて、
無償を約束してくれるならと引き受けたことがある。
有償ばかりだと、
嫌な役(厄)を引受け続けてバランスを崩すか
(それは尊いかもしれないが自己犠牲でNG)、
大金を払って誰かに厄を持ってってもらうか、
ひたすら無償のサービスを行って厄を祓うか等の
選択に迫られるように思う。
厄を祓うには、無償の愛が一番の早道だと私は思う。
神(=愛)に値段は付けられない。