フレーム内に自分の居場所を見つけたからひとまず落ち着いた。
話は飛ぶが、昔、先輩から写真か芸術かなんかしらんけど幾らになるとや?と聞かれか事がある。
その先輩はサラリーマンが生涯かけて稼ぐお金を数年で稼ぐハイパーな先輩だ。
自分でもたまに、なんで金になんない事やってんだろ?と思う時がある。
大の字で寝っ転がれる家に住み、食べたいものは食べれて、見たいものは見れる環境だからそんな事すら忘れてるのに。
今みたい思い出したように湧き上がる時がある。
そんな事を考える事自体暇なのか、時間の無駄なのは重々承知だが、なんとなく内観してみたい。
普段福岡市の市井の人々を撮る。
欧米のファッション誌から飛び出した洒落た感じは全くない。
テレビに出るような絶世の美女でもない。
着の身着のままのTHE 九州人だ。
今時期、たくさんの証明写真を撮る機会があるのだがそれぞれの区や町の骨格標本が出来る位撮っている。
頬骨が尖ってたりおデコに2つコブがあったりたれ目つり目鷲鼻に団子っぱな。タラコ唇から吊り上がった唇。
色んな顔を見つめる事ができる。
中には見た事ないほどの美人もいれば男前もいる。
だからといって淡々と撮るのだが、心の中では2.3人であーじゃないこーじゃないと会話している。
昔、会社勤めしてた頃の先輩で酔っ払うと長男次男三男四男と4人の先輩が出てくる面白い方がいた。
三男になると隣にいる初対面の女性のお尻を触わるくらい長男とは違う一面がみれた。四男が出現すると次の日昼飯奢ってもらえた。
その感じが撮ってる時にある。
もっと違う表情あんじゃないの?
なんでこんな暗い感じなの?
めっちゃ笑顔かわいいやん!
わー!性格よさそ!
わーーー!すげーー!
左右の耳元なのか脳内なのかはわからないけど、ピュンピュン見た印象からのメッセージが頭の中で飛び交いながらフレーム越しにシャッターを押してる。
その間自分でなにを喋ってるかはわからない。相手とのコミュニケーションというより自分自身とのコミュニケーションかもしれない。
最終的にはフレーム内に収まった映像が写真として飾られる。
そんなフレーム内コミュニケーションに銭金は関係ない。
最終的には写真なのかもしれないが、被写体とカメラとレンズと自分自身とのコミュニケーションなのだ。
美しいとは何か。かわいいとは。綺麗。
そこにある事象をそう感じれるように全て自分でフィルターかけているかもしれないのだが。
そうだ。美しい何かにしか興味ないのだ。