寺尾紗穂「楕円の夢」 | Rotten Apple

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[Japan,Pop]

01.停電哀歌
02.迷う
03.風と小説
04.朝になる
05.いくつもの
06.愛よ届け
07.リアルラブにはまだ
08.私の好きな人
09.あの日
10.楕円の夢


いきなり話が逸れてしまうんだけど、BUDDHA BRANDのDEV LARGE氏の訃報を惜しむ声でTLが埋め尽くされる中、ドキュメンタリー映画「Living Behavior 不可思議/wonderboy 人生の記録」を観てきた。DL追悼という名目で公開されたテキストや音源はどれもリスペクトに満ちていたし、wonderboyの映画も彼に対する愛に溢れていた。
普段はただ楽しさやおもしろさを求めているだけに、この2つの出来事は避けていた生と死を見つめ直す機会になった。そんなタイミングでこのアルバムと出会ったのは必然だったのかもしれない。

生とは。死とは。愛とは。夢とは。そんな根本的なことを問いかける寺尾紗穂の7th「楕円の夢」に、リリースから少しの月日を経て今出会えたということが自分にとって大きな意味を持つような気がしてくる。
綺麗なファルセットとピアノによって紡がれるのは、いなくなってしまった "あなた" への愛と夢。カフェでかかるような美しさを装いながらスッとぶち壊す痛みを突きつけ、小説のように直接的な表現を避けた言葉は真っ直ぐに刺さらず身体中を駆け巡っていく。

タイトル曲「楕円の夢」の楕円とは、"真実を否定するもの"、"正義を否定するもの" のメタファーだという。解釈の広い言葉をもっとパーソナルなこととして描いたこの曲は、正解はひとつではないという意味だと言いつつも、込められた思いはもっと深く重い。ele-kingでのインタビューでは「いくつもの」を、円的な思想で亡くなったジャーナリストと重ねていた。解釈の委ねられた歌詞が身体中を駆け巡りながら終盤へ向かい、永遠に続くようなアウトロに心が揺さぶられていく。
電子音とローズピアノが混ざり合う「迷う」では愛に迷った者の不器用さを描き、"私の好きな人は片手のない人です 片手に夢を抱きしめてはなさぬ強い人です" という印象的な歌詞から始まる「私の好きな人」や、クラップも加えたポップな「風と小説」では痛みから立ち直り新たなスタートを切る姿を描く。ラップ調のボーカルを取り入れた森は生きているとの共作「リアルラブにはまだ」ですら、恋の始まりを描きつつもその背景に痛みを感じさせる。
内容に重みはあるものの2~3分の曲をベースに進み40分で完結するこのアルバムは驚くほど聞きやすい。一生聞き続けたい一枚だと誰かが言っていたのも心から頷いてしまうほどこのアルバムを取り巻く空気は素晴らしく美しい。

再び冒頭に話は戻るが、wonderboyの映画タイトルにもなっている "Living Behavior" という言葉について詩人谷川俊太郎が語っていたことが印象的だった。イギリスの哲学者O.S.ウォーコップの「生きた挙動と死の回避行動」を引用し、"人間は本来生きるために素直な行動を取る生き物。現代は医療や薬に頼って延命するなど死から回避する行動が目立ちすぎている。その点“彼は生きた挙動”そのものだ" と。
いつか絶対売れるんでと多くの人の心に一生刻まれる作品を残したwonderboy。そしてこのアルバムで描かれる愛するということ、痛みから立ち上がろうとする "生きる挙動" が胸を打ち美しさを感じさせるのだろう。
果たして自分は彼らのように生きる挙動が出来ているのだろうか。誰が見ても綺麗な円だろうと、人によっては醜く感じる楕円だろうと夢見る者は等しく美しい。楕円の夢すら思い描けない自分はどこへ向かって進むべきなのだろう。狭間の小道とはどこを指すのかまだわからない。このアルバムで綴られる言葉はまだどこにも刺さらずに身体中を駆け巡っている。